22話 「戦慄」

 そこからのミリーは、明るさの影にどこか虚ろさがあった。

 何か考え込んでいるのか、ただぼんやりとしているだけなのか。

 コップに残った水を飲み切り、コップを消してちょっとした休憩を終える。


「行くか。あとは海沿いを通って003に辿り着くだけだ」

「うん、行こう」

「おぅ、やっとか」


 歩を進めていく。

 しばらくするとちょっとした港町が目に付いた。


「ここはなに?」

「海に船を出すための港だろうな」

「ふね?」

「乗り物だ。海を渡れる」


 コロニー003の近くで大都市であった国、アビスティアは海での他国との貿易や漁業で成り上がった国である。

 それにより国屈指の大都市にまで発展し、003という大規模なコロニーを作り、人を収容するまでに至った。

 この港も、003か236に行くことになった人間が作った物だろう。

 歩く度にいくつかの港や小村が見え、ここで暮らした人々の営みを想像させた。


「あれ、また鳥がいるよ」


 ミリーが指差し、進んでいく。

 その先には太陽の鳥が居た。

 荷物を抱えている様子はなく、ややこちらに敵対的だ。


「おん?ありゃ俺らとのやり取りじゃない誰かのか?」

「いいや、あれは恐らく野生だろう」

「野生……あぁそうか。そりゃ人の管轄外な奴らもいるよな」


 ここは海と山に挟まれたような場所だ。

 山岳地帯には鳥類の魔物が多く生息している。


 羽毛が発達していて寒さに強い事や、鳥類以外の魔物が踏み入れない事から天敵が少なく、鳥類はそこをねぐらにする。

 魔物の多くが群れをなし、山岳地帯を飛びまわる。太陽の鳥も、その一種だ。

 いくつもの鳥が飛び立つのが見え、ここが鳥類の巣窟である事を感じさせた。


「にしても風がつえぇな。寒い」

「あぁ、海は遮蔽物が無いからな」

「カイ、炎出してくれねぇか」

「はい」


 港を歩いていく。

 やけに魔物が少ない。

 普段の戦闘の3分の1も行わず、鳥類の魔物は皆俺達の進行方向とは逆に進んでいく。

 少し妙な気配だった。魔物鳥の群れは俺達に一瞥もくれず、一心に何かを目指しているようだ。


「なんか、今日は平和だね」

「そうだな」

「海ってのは魔物の生息できない地域だったりすんのか?」

「いや、そんなはずはない。だったら皆コロニーは海沿いに作るはずだ」


 だが100年で生態系が変わり、海に住めなくなったという事なら考えうるか。

 そんな都合の良い退化が100年程度で起こるとは思えないが。

 その時、2m程度のサソリの魔物が現れた。


 俺とグロムがやっとかという感じで戦闘態勢に入るが、こちらを見ても敵対してこない。

 それどころか鳥と同じように俺達の来た方向へと向かっていく。


「なぁグロム、あの魔物が人を襲わない事なんてあったか?」

「いんや?めちゃくちゃ獰猛で、血眼になって距離を詰めてくるイメージしかねぇ」

「だよな」


 不思議に思いながらも港町を歩く。

 少し段差のある所があったので、なにげなく土の魔術で足場を盛り上げる。

 移動の最中なんどもやった方法なので、そこに言葉はない。

 だがその光景を見た瞬間、言葉は自然と漏れて出た。


「……は?」


 町が、半壊していた。

 今まで見ていた町の姿は半身にすぎず、見えたもう半身は何が起こったのか、焦土となっていたのだ。

 大規模な火災の痕跡に見える。


 コロニーに移り住む前、地上を放棄した辺りで町が荒れたのか。

 はたまた他国との戦争がありここはその戦場だったのか。


 そんな事を考えるが、その姿を見て違和感を覚えた。

 ヴェイルヴィンドと大きく違う。


 目の前の残骸には草が生い茂っていない。

 ならば、ここが焦土となったのは数年以内。

 もしかすれば、数か月以内だろうか。


 あまりの不気味さだった。

 魔物もおらず、その場所は波の音だけが大きく響いている。

 だがその中で、グロムが音を拾った。


「おい待て、カイ」

「なんだ」

「だいたい300m先、なんかいやがるぞ」

「なんの魔物かは分かるか」

「分からねぇが……多分相当でかい。一直線にこっちに来てやがる」


 でかい……?

 この辺りは太陽の鳥含め、比較的小さい魔物が多い。

 そんな巨大な魔物の話、聞いただろうか。


「……!」


 体中に戦慄が走った。

 悪寒と言い知れぬ恐怖が混ざり、冷静な思考を阻害する。

 婆さんから聞いていた話があった。


「特に龍だね。それ以外はなんとかなるかもしれないが、それを見たら真っ先に息を殺しな」

「そんなにまずいのか?」

「あたしの更に上の世代は、龍に町1つ破壊されたなんて話をよく言ったもんさ」


 この街の状態は、まさしく逸話のそれだった。


「龍の可能性がある。身を隠すぞ。本当にそれだった場合、交戦したくない」

「え、あ、え」

「おい、龍って……マジかよ」


 隆起した大地、その影となる場所に皆で隠れたのち、自分の予感が遅れた事を呪った。

 魔物の妙な行動、山岳地帯になり増えた鳥類。十分予測できた。

 その数秒後に、俺にも届くほどに巨大な地響きが聞こえた。


「ねぇ、逃げた方が」

「まて、息を殺せ」


 逸話の通りなら、龍は察知能力も高い。

 その翼を使い人類を凌駕する速度で、匂いを辿ってどこまでも追いかけてくる。

 見つかればまず交戦は避けられない。

 早まる鼓動を抑えて、俺は動くそれに意識を集中させた。


 本来なら龍の生息地はもっと山岳地帯の奥地だ。

 生息地帯が変わったのだろう。

 この辺りは236のコロニーも無くなり、情報がほぼ皆無だった。


 その瞬間、鳥の魔物が飛び立つのが見えた。

 どこに隠れていたのか羽を翻し、逃げようとする。

 2羽、3羽、5羽、続けて空へと逃げる。

 それを眺めると、次の瞬間奴らは地に堕ちた。


「えっ……」


 ミリーが少しの声を上げ、俺達もその瞬間を見守る。

 あまりの轟音。

 爆発と呼ぶべきそれを前にして、衝撃が伝わる。

 思わず閉じた目を開くと、魔物らの命が尽き、重力に成すすべなく堕ちていく。

 今までそこにあったはずの建物が、次々と倒壊していく。


 そしてそれは、姿を現した。


 魔物の中で最強と謳われ、都市1つすらも滅ぼす。

 30mにも届こうかという巨体。

 煌々と炎を宿す2枚の翼。

 その姿はとてもこの世のものとは思えず、非現実感に体が震えた。

 炎龍。その瞳は、こちらを覗いている。


 放心に至る寸前で心を保ち、脳を回す。

 龍は明確にこちらに向かってきた。獲物が俺達な事は明白だ。

 人知を超える察知能力で俺達を見つけ、既に狙いをつけられていた。


「地下を通って離れる、なるだけ急いで来い」


 土の魔術を展開し、地下を掘る。

 奴との戦闘は避けなければならない。

 体中がそう警鐘を鳴らし、すぐに動いた。

 だがそれを嘲笑うように、再び龍は体を翻す。


 全身に、強い衝撃。

 龍がその巨体を持って地面をえぐったと理解したのは、その直後だった。


「痛……くそっ……」


 俺達3人は地上に放られ、炎龍と相対する。

 はなから、気付かれていたのだろう。


 身の毛もよだつような絶望感の中で息をする。

 交戦は、避けられなかった。



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第4章 崩壊したコロニー -終-


次章

第5章 グロム・バーナード


――――――――――――――――――


【あとがき】

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なにとぞ、よろしくお願いいたします。


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