11話 「カイ vs ヴァリウス」

「いいや、それは俺にとっちゃ悪い話だな。ヴァリウス」

「......なに?」


 絢爛な椅子に腰かけるヴァリウスと対峙する。

 これでこの件は終幕にしよう。


「あんただろう?そもそもミリセアを攫うように仕向けたのも、グロムを手下として使っていたのも」

「なんの冗談だ、ヴァレンティア」


 俺は念の為土魔術を展開し、後ろの唯一の扉を封じさせてもらう。話の邪魔はされたくない。

 ヴァリウスは固まり、次の言葉を待つようにじっとこちらを凝視してくる。


「冗談じゃない。心当たりがあるだろう」

「……説明をしてもらおうか。次第では、貴様は罪に問われるぞ」

「そうか」


 俺はヴァリウスを睨みつけつつも、頭を冷静に保つ。


「事の発端は、グロムの密告だ。そこで俺が軍から降りそうだという話やミリセアとの関係を聞いたあんたは、その2日後にミリセアを攫い、俺に脅しを仕向けた」

「……」

「早すぎると思わないか?こちらの出発に合わせたんだろうが、あの短期間で腕利きの剣士を雇えるとなると、かなり内層の上流の人間な事が分かる」

「その脅しとやらを、私が雇ったと?」

「あぁ」

「それは、私の部下だったのか」

「いいや。あんたはグロムと言いあの女といい、自分の部下を実行犯にする程間抜けじゃない。だからそれ以上のアクションをしてこなかった。出来なかったんだんだろう」


 ヴァリウスは腕を前に組みながら、明らかに口数が減る。

 ボロを出すまいとしているのだろうが、これははったりじゃない。


「そしてミリセアを攫い、金銭を要求する。犯人像は内層の中央の人間であるはずなのに、要求は金。しかもわざわざ俺に脅しを仕掛けてくるだなんて随分おかしな点があると思わないか?別に俺は大金持ちじゃない」

「外層民からすれば、大金持ちじゃないのか。貴様は連日外層に出向いていたんだろう。そこで目を付けられたのではないか?」

「だとすれば神龍金貨1000枚なんて額はおかしいだろう。外層民は馬鹿じゃない。これだけの額を提示するのは、裏に潜む人間の金銭感覚がおかしいか、払えない状況を意図的に作り出そうとしているかだ。今回はその両方だったがな」


 ヴァリウスがギリリと歯を噛む音が聞こえる。

 これは奴にとっても急造の作戦であり、大胆なものだ。

 そりゃ、粗の1つや2つ出るだろう。

 そう思っていると、ヴァリウスの方から自信を持ったトーンで語り掛けてくる。


「なるほど……。確かに貴様の言う通り、内層の中央の人間が犯人像である事は考えられそうだ。だがなぜ私だと断言する事が出来る?確かに貴様に金銭を渡すよう言ったのは私だが、その事件の裏に手を回しているなんて確証はどこにもないだろう?」


 要は、証拠を出せという事か。

 確かに昨日の僥倖が無ければ彼へたどり着く証拠はなかった。

 彼は直属の部下を使わず、脅された人間を利用していたのだから。


「確証はある。つい昨日、女が家に来た。短刀使いのな」

「……っ」

「驚いたよ。その女は今にも泣きそうに崩れた顔で俺の家を訪ねてきたんだ。そしてミリセアを攫った事を謝罪してきた」

「……奴め!」


 思えば俺を脅した彼女は、俺に金額の提示をしてきた時から声を震わせていた。

 実力があるだけで、本来はそんな事をする人間ではないのだろう。

 ヴァリウスは自分の敗北を確信したかのように青ざめていく。


「女は言った。ミリセアの事を見ていたら自分の娘と重なり、罪の意識で自死すらも考えたと。そして俺に助けを求めてきた。ヴァリウスに囚われている娘も助けてくれとな。その女の娘の命もこの件と同じように預かり、脅していたんだろう?」


 その娘は居場所は分かっていたので、ここに来る前にさくっと助けた。女が自分で助ける事も出来たのだろうが、このコロニーは閉鎖空間だ。

 ヴァリウスに歯向かえば生きていくことは出来ないと、感じていたのだろう。


「あんたの敗因は、目を向けなかった事だ。その女にも、外層にも。きっとこの世には自分の目で見て触れてみないと分からない事が沢山ある。それを怠り、甘く見たのがヴァリウス、あんたの敗因だよ」

「ぬぅうぅ……」


 言いたい事は全部言った。

 あの女の分も、ミリセアの分も、この男には言ってやらねば気が済まない。

 それに何より、無力な少女を巻き込むやり方が気に入らない。

 幼少期、まだ赤子だった妹の記憶が脳裏にチラついた。


 それを振り払い、ヴァリウスに向き直ると観念した様子でしょぼくれていた。

 ガタイのいい男なのだが、まるで妻に怒鳴られた時のように背中を丸くしている。

 家では案外尻に敷かれてあんな感じだったりするのかな......。


「保安局に、通報するか?」


 ヴァリウスは口を開いた。

 身分の心配か。


「どうだろうな。あんたがそこそここのコロニーに貢献している事も知っている。その行動力は、民を救う事にも繋がっているだろう」


 実際この男はいつだかの無能な肥えた豚に比べればかなりの仕事をしている。

 こいつがこのコロニーのトップなのも不服だが......入れ替わりであの豚の誰かが頂点に立てば、いよいよこのコロニーも滅びるような気もする。


「だから金輪際、俺の周りの人間とあの女の家族には近づくな。そうすれば告発はしない。だが少しでもその気を見せればあんたの身分は地に落ち、家族もろとも罪に問われるだろう。その事を、覚えていろ」

「そうか……了解した」


 ヴァリウスは悲しそうなトーンでそう言った。

 実際、反抗してくる事はまぁ無いだろう。

 このコロニーしかないのは奴も同じなので、このコロニーで犯罪者の烙印を押される事は死を意味する。

 少しは反省してくれるといいが。


「おい。ヴァレンティア」

「なんだ」


 帰ろうとしたら呼び止められた。


「最後に、問うていいか。なぜ貴様は、コロニーから抜け出そうとする?ここにいれば食にも金にも女にも困らないだろう。なぜ地位を捨て、自殺行為のような事をしてまでここから抜け出そうとする。なぜ、そんな事が出来るのだ」


 傍から見ればそうか。

 今の地位を捨て、コロニー003なんて話でしか聞かないような場所に行こうとする俺を見て、ヴァリウスは身分を守ろうとする自分と俺を比べたのかもしれない。

 俺は自殺行為なんて思っていないので、その点は違うが。外に出たこと無い人間、コロニー内の常識ではそうだろう。

 少し考えて、答えた。


「きっと、信念と自信があるからだ。何かを成すには、それを持たなくちゃいけない」

「そうか……お前は強く、自由なのだな」


 俺は魔術で封じた扉を解放し、ヴァリウスに背を向けて去った。

 さて、ヴァリウスとの対峙は結果成功したので、あとはミリセアを救いに行った婆さん達が心配だ。

 急いで小屋に行き、婆さんらと合流するとしよう。

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