10話 「グロム vs ベリンダ」

ベリンダ視点


 顔を見て、確信する。


「あんた、協力してくれるって話は嘘だったのかい?」

「……」


 協力者であったあの男。名はグロムとか言ったかね。

 言葉による揺さぶりが効くような男かは分からないが、ノアが戦線に復帰する時間稼ぎくらいにはなるだろうか。


「随分と良い趣味してるじゃないか。仲間になったフリをして、実際は人攫いだなんて。内心、あたしらを見て笑っていたのかい?」

「……」


 グロム・バーナードは何も応えない。

 襲い掛かってもこないが、この場の緊張感は変わらずレンが剣を構え、あたしは杖を構えている。


「なんとか言ったらどうなんだい。ガキみたいに、罪の意識で喋れなくなっちまったのか?そんなタマ無しは、人攫いなんて向いてないとあたしは思うがね」

「うるせぇ」


 後ろでノアが起き上がってくる音が聞こえる。

 少しの時間なら稼げたか。


 そう思った時だった。

 奴はとてつもない速度で突進を仕掛けてくる。

 前線に居たレンにではない。斜め後ろで杖を構えていたあたしにだ。


 咄嗟に魔術を展開する。

 杖を持つ指先に意識を集中させ、足元の土をゆがませる。

 剣士は転ばせてしまい、体制を立て直す隙を与えず殺すのがベターだ。

 奴の2歩先となる場所に、土魔術で穴を作る。


 だが奴は、それを視えていたかの如くあたしの魔術をするりと抜け、距離を詰めてくる。

 まずい。この距離では高威力の魔術は使えない。

 本能が警鐘を鳴らすが、もう魔術は間に合わない。

 奴の剣先が、眼前に迫る。


「っらぁあ!」


 レンの刃が、その剣先を凌いでくれた。

 続けて追撃、2撃3撃とレンは入れようとするが奴は想定内と言わんばかりにそれを避け、はじき、距離を取る。

 異様な程鋭い攻撃への嗅覚と、それを可能にする体の動かし方のセンス。

 これが準S級の剣士、あたしも手合わせした事が無いレベルだね......。


 今の連撃で標的はレンになったのか、奴の視線はレンから離れない。

 生半可な行動は全て視られる。奴に通る鋭い1手は、なにかあるだろうか。


 今度はレンから仕掛けていく。

 剣士と剣士が真っ向から向かい合い、剣先がぶつかった。


レン視点


 奴の間合いに入った時どの程度反応されるのかは分からない。

 けど、剣士は弱気になっては動きが鈍る。

 最悪の場合、婆さんがさっきみたいに風で相殺してくれると信じて、奴の間合いに入る。


 最初の一撃を右から入れるが、それははじかれてしまう。そこまでは想定内。

 俺の強みは、素早い連撃にある。

 この剣を相殺されたその一瞬後、すれ違いざまに次々と追撃を入れる。


 だが、それを嘲笑うかの如く奴はその全てに反応してくる。

 しかも、俺よりも数段重い剣で。


(化け物か……!)


 そしてすれ違いざま、背後を取られた一瞬奴が剣術ではあり得ない体制になる。

 首元に刃が来るように手首をねじり、峰打ちを狙ってきたのだ。


 脳内では理解しているが、そこに体が反応するだけの猶予が無い。

 もし剣術の手合いなら負けているところだが、婆さんが足元を崩したようで致命傷は避けられた。


 高鳴る鼓動を抑え、もう一度向かい合う。

 弱気になってはいけない。奴にも必ずつけ入る隙はある。

 先の攻撃ではこちらの全ての攻撃をいなされ、刃の逆の方で峰打ちを狙われた。

 命を狙ってきていない。完全に舐められている。


 だとしたら、そこにつけ入るしかない。

 勝負は、一瞬だ。


ノア視点


 まだくらくらする頭を動かし、戦況を確認する。

 レン兄が奴と向かい合い、それを援護するお婆さん。


 私ばっかり倒れてちゃ駄目だ。

 前で戦う2人が殺された後じゃ、私は何もできない。


 震える足を抑えて、自分のやるべき事を思い出す。

 カイさんは、奴の強みは攻撃を見る眼にあると言った。

 そして、それに対しての対策も講じてきた。

 やれるのは、私しかいない。


~~~

 2日前の夜

 寝室に入る私とレンに、カイさんは語り掛けた。


「明日、協力者をひとりここに連れてくる事になるかもしれん。その時の手筈だけ覚えてくれないか。特に、ノア」

「え、わたし、ですか?」

「あぁ。まず、明日俺が客人を招き入れたら、玄関横に置いてある小瓶を靴の辺りにばらまいてくれ。上手くいけば、奴の足取りを追える」

「は、はい」

「それと……」


 カイさんは私の杖を見ながら、語りだした。


「念の為、君は剣を持っていてくれないか」

「? 私は魔術士ですが」

「その、怒らないで聞いてほしいんだが、奴と戦闘になった時、恐らく君の魔術は通らない。むしろ剣で斬りあう兄の邪魔をしてしまうと思うんだ。だから、渾身の1撃を食らわせられるように、君が剣士であると奴に誤認させたい」

~〜〜


 それからグロムさんが家に来た時、私は慣れない剣を手にしながらその日を過ごした。

 そして今日もだ。剣を持ち、杖は所持せずここに来ている。

 グロムさんは私が距離を詰めなければ戦力にならないと思っているはず。


 私はレン兄と向かい合うように佇むグロムさんに狙いを定めた。

 袖口に人を貫けるほど硬化した土を忍ばせ、発射の準備をする。


 その瞬間、レン兄とグロムさんが斬りあう。ように見せて、お婆さんが風魔法で奴を放りあげた。


 ほんのわずかな高さだが、その着地の瞬間。

 それが私に見えた奴のわずかな隙だった。

 刹那、人を殺す恐怖が心を襲う。

 だが悩んでいる暇はない。ここでやらなければ、皆殺しにされるかもしれない。


「あああぁ!」


 考える事を辞め、狙いを定めた土を3つ、右腕胴体左腕の3か所に向けて放つ。


「……!?」


 奴が動揺した声を出したのが分かる。

 土魔術が迫り、奴はこちらを視認するが、それじゃあ遅い。

 土埃が舞い、着弾したのかの確認が出来なくなる。

 命中したのだろうか?


ベリンダ視点


 土埃が舞い、視界が遮られる。

 ノアの一撃が奴の虚をつき、倒したのか。

 もしそうだとしたら、トドメはあたしが刺そう。あの子を人殺しになど、させたくはない。


 だが、そんな想像は杞憂で終わる。

 奴は消えた土埃の中、立っていた。

 恐らく土が襲い掛かる刹那、それを視られ、切り刻まれた。

 奴にはその虚を突いた一撃すら通らないのか。


 そう思った時だった。奴の左腕がだらんと下がる。

 いや、違う。命中している。

 胴体の致命傷となる球だけをすんでの所で切り刻み、残りの腕への球は確かに命中していたようだ。


 レンもそれを見抜き、すぐさま奴に迫る。

 明らかに動きが鈍っている。

 レンが押し込むように剣を打ちあい、奴の力に覇気がない事が分かった。


「レン!離れな!」


 ならば、決着はつく。

 レンが1歩引いたその瞬間、奴の手元に豪風を起こす。

 奴は腕に致命傷を負っている事から、握力が無い。

 このまま、吹き飛ばす。


 最期の瞬間まで奴は抗ったが、剣は手元から離れた。

 それをすぐさま吹き飛ばし、使えなくする。

 奴は身ひとつとなり、呆気にとられ、左腕の傷口を抑えていた。


 もったいない才能だが、生かすと後々面倒だ。

 あたしは土で足を拘束し、炎を構え、奴を火だるまにしようとする。が、すぐさま足を払い無傷の足で逃走されてしまった。

 背中に追撃を入れても、奴の察知能力からしてみれば届かないだろう。


「……皆、無事かい」


 2人は切れ切れの息で返事をしてくれる。

 相手の油断もあったろうが、B級相当3人で準S級を退けた。

 治癒魔術で治せない程の致命傷もない。上出来だろう。


「悪いが2人は外を警戒してくれないかい。奴が帰ってこないとも限らない。あたしはミリーを助けてくる」


 そう言って、小屋に入る。

 小汚い廃墟には瓦礫が散乱し、その先に彼女は居た。


「ようやく見つけたよ。あんたを見つけるまで、大変だったんだからね」


 ミリーは安心した顔をするが、同時に申し訳なさそう俯いてしまう。

 足枷を外し、彼女が立ち上がった。


「その……ごめんなさい」

「いいや、あたしの失態さ……。あんたと向き合えているようで、ちゃんと向き合えちゃいなかった」

「お婆さんは、ちゃんと知らない道に行くなって、私に言ってくれてたよ」


 その忠告を、ここで閉じ込められながら後悔していたのか。


「そうか。じゃあ、あんたが悪いかもね」


 ミリーがむっとした表情になる。


「冗談だよ。おかえり、ミリー」

「分かってる。ただいま、お婆さん」


 その時の暖かい抱擁は、あたしに罪の意識を芽生えさせた。

 まったくこんな感情は勘弁してほしい。

 そう思い一度考える事を辞め、カイの方に想いを馳せた。

 あとは、カイがちゃんと決着をつけているかだ。

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