12話 「出発の日」

 一度小屋に立ち寄ったが、そこはもぬけの殻だった。

 ミリセアも居なければ婆さん達もいない。あるのは鉄製の手錠のみ。


 俺は不安になりながら婆さんの家に戻った。

 女からの情報でこの小屋にミリセアが居る事、午前は見張りがいない事を伝えられていたのでならばいいかと思い婆さんらを派遣したのだが、ヴァリウスが自暴自棄になってミリセアに危害を加えないとも限らない。


 と、いう俺の考えは家に辿り着くと打ち砕かれた。

 あり得ない程平和そうに、ミリセアに皆で新しい洋服の試着をさせていたのだ。

 俺の心配を返して欲しい。


「何事もなかったのか」

「あぁ。帰ったのかい。何事も無かったこたないが、ミリーはちゃんと回収できたよ。あんたの方はどうなんだい」

「こっちも大丈夫だ。きちんと脅してきた」

「え、脅したって、誰を?」


 ミリセアは事の顛末を全く知らなかった。

 その可哀想なお姫様に、婆さんと俺の情報をすり合わせる意味も含めて今回の事件の一連の流れを説明した。


「えぇ……私をさらったの、そんなに偉い人だったの」

「そりゃ物凄くな」

「私、人気者だね」


 すっかり緊張状態が解けているのか、そんな会話をする。

 というか、これまで緊張状態が過ぎたのでお互いこの緩い雰囲気を求めて、そうしているような気がする。


「それにしても、グロムを退けたなんて凄いじゃないか」

「あたしゃ何もしてないがね。レンとノアが頑張ってくれたのさ」

「そうか。凄いなお前達」


 レンとノアの頭を軽く撫でる。

 2人はいつかと同じように顔を見合わせて笑った。

 そしてミリセアがこちらを見つめていたので、一応ミリセアにもやっておく。少女は俺の置いた手を掴み、自分の手でわしゃわしゃと強く動かした。


 こんな日々は悪くないと思うが、旅に出て、ミリセアを送り届けなくては。

 ここまでの流れは、アクシデントによって生みだされた序章にすぎない。


「ミリセアを送る旅についてだが、出発はいつにする」

「そうだねぇ……。出来れば明日がいいかねぇ」

「明日?早すぎないか?」

「あんたなら分かるんじゃないのかい?」


 そう言われ、考えを巡らせる。

 そうか。今日の軍の仕事はコロニー入口周辺の魔物の掃討なはず。

 コロニー付近の魔物が居ないタイミングは、今を逃すと少し先になる。

 俺も、この子を連れていきなり魔物と連戦はしたくない。


「そうだな。準備は出来ているのか?」

「あぁ。今それをしていた所だからね」


 ミリセアに新しい洋服を着せていたのはそれ目的だったらしい。

 前の服は汚れていたから、新品で旅に適した奴を買ってきたのだとか。

 俺の方の荷物もまとまっているし、出発は出来るだろう。


「あとあんた。コロニー003から太陽の鳥で手紙が届いたよ。向こうでミリーを預かるアルヴァン・フローラからね」

「本当か?」

「あぁ」


 机の上に置かれていた手紙を確認する。

 随分と高そうな分厚い紙だ。


 拝啓ベリンダ・ドレイン殿


 前回の手紙の件、了解した。

 長旅となるだろうが、こちらでも出来る限りの支援はさせてもらいたい。


 中継地点となる場所へ、太陽の鳥を飛ばそう。

 鳥が旅する君たちを見つけ、腰につけたアイテムを渡すだろう。

 それを使い、なんとかこちらまで辿り着いてくれ。


 それと依頼を受けてくれるのなら、カイラス・ヴァレンティア殿。

 ミリセア・フローラは生まれたコロニーこそ違うが、私達の大切な家族だ。

 きちんと責任を持って私が預かる事を約束しよう。


 だから旅の道中、どうか彼女を守ってやってくれ。

 彼女は、私達の希望に他ならない。

 よろしく頼む。


 アルヴァン・フローラ


「なるほど。お堅いが、いい奴そうじゃないか」

「……あぁ。そうだね」

「婆さんよりもちゃんとした教育をしてくれそうだ」

「うるさいねあんたは」


 婆さんは少し寂しそうな顔をする。

 向こうは血の繋がりが微かだがある本当の家族。

 対して、婆さんとミリセアは血の繋がりの無い家族だ。

 なにか思う所はあるのかもしれない。


「この前の手紙はエルム区の騒動の前に出したのか?」

「あぁ。カイに頼もうと思うって話を送ったよ。それで今日、この紙の裏側に返事を書いて出発したと送る予定だったのさ」

「そうか。なるほどな」


 太陽の鳥が1日に飛べる距離ってどんなもんなんだろうか。

 俺を呼びつける前に出したのなら、6日か7日で行って帰って返事が来ている。

 相当早いが、訓練された魔物ならそんなものか。

 3日で向こうに手紙が届くのなら、旅の道中に鳥で連絡をするのも容易に思える。


 というか向こうのフローラ家はアイテムを送ると書いてるが、太陽の鳥1匹使ってアイテムを寄こすつもりなんだろうか。

 普通他のコロニーへの手紙はコロニーの軍事的な内容や貿易含め、その中に庶民の手紙を混ぜてもらうといった感じだ。


 鳥をそのまま、しかもそんな私的な用途で使えるとなると向こうは相当な金持ちなのか。

 それか向こうのコロニーでは鳥が有り余っているのか。


「それじゃ、手紙の返事を書くのは婆さんに任せる。俺は明日の出発の準備をする」

「あぁ。引き受けたよ」


 それから荷物をまとめ、その日は婆さんの家で眠りにつく事にする。

 明日、地上に出て旅を始める。その事を考えるとなんだか子供の用に眠れない。

 外の世界には色々な物があると言う。


 見渡す限りに水の広がるらしい海。

 近づけばたちまち火を噴くらしい山。

 ほとんどの生物は干からびるらしい砂漠。


 そんな子供の妄想のような部分を、年甲斐もなく感じてしまう。

 まぁ今回の旅で火を噴く山と砂漠の辺りには行かないのだが、恐らく海は見れるだろう。

 それに、地上は案外大したことないと分かれば、火を噴く山や干からびる砂漠に今後赴いてみてもいい。


 どこまで本当かは分からないが、それは自分の目で確かめればいいだろう。

 案外何もない平野ばかりで退屈、なんてのが現実的な所だろうが。

 そう思い、その日は瞳を閉じた。


ーーー


「これで、荷物は全部だよ」


 婆さんの手から、大量の食糧が渡される。


「うわぁ……重そう」

「まぁ、日が経つ毎に食べて減るんだ。最初だけだと思えば、なんとかなる」


 ミリセアが俺の担いだそれを試しに持ち上げてみようとするが、全然上がっていない。正直想像以上の重荷だな。

 魔物と戦闘になった時はいちいち荷物を降ろさないといけないかもしれない。


「じゃあカイ、頼んだよ」

「あぁ。婆さんも俺が帰ってくるまで寿命で死なないようにな」

「縁起でもない事いうんじゃないよ」


 婆さんは一呼吸おいてしゃがみこみ、ミリセアと向かい合った。


「ごめんね。あたしは本当は、こんな事をさせるのは申し訳ないと思ってるんだ。本当だよ」

「うん……。私は、大丈夫だよ」


 婆さんはゆっくりとミリセアを抱きしめた。

 正直こんな人じゃないと思ってたので驚いた。


「あんたは、優しい子だ。あたしの元にきてくれて良かったと思ってる。たまに意地悪な事を言っちまったかもしれないが、ほんとに、思ってるんだよ」

「うん。私も、お婆さんと家族になれてよかったって、思うよ」

「……ごめんね」


 そんな婆さんの謝罪を受けて、ミリセアは頭を撫でて応えた。

 きっと婆さんも、本当は自分が幸せにしたかったのだろう。


「まったく……。あたしがこんなんじゃダメだね。ミリー、何かあったらカイをちゃんと頼るんだよ」

「うん。大丈夫」

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 俺はミリセアと共に振り返って進む先を見る。

 もう誘拐されないようにしっかりと手を繋ぎ、長い旅路を歩きだした。


「最初はどこに行くの」

「あの内層の隅にある、高い塔が見えるか?」

「うん。あの天井まで伸びてる奴?」

「そうだ。あれは中を登って軍人が外に出れるようになっている。そこを登って地上に出る」

「わかった!」


 ミリセアも外に出るのは結構楽しみなようで、声は明るい。

 呑気すぎる気もするが、まぁ魔物が不安でネガティブになるよりはいいだろう。


「ミリセアは外に行くのが怖くないのか?」

「怖くないよ。あとミリーでいいよ」

「そうか。あの時も思ったがミリーは案外勇敢だな。俺もカイでいい」


 そんな話をしながら塔に辿り着き、階段を上がっていく。

 ミリーはこんな高い場所は登った事が無いらしく、階層を一階上がるごとに窓の外を眺めていた。

 そんなにはしゃいだら体力面が心配だ。今日は出来れば日没までに25kmくらい歩きたい。


「……ん?」


 誰かの気配がする。

 仕事に集まった軍人?にしては朝が早すぎる。

 こんな朝早くから出勤するような勤勉な奴、同僚に居ただろうか。


 最上階、地上への扉が見えると、俺は即座に魔術を展開した。

 そこに居たのは座り込みこちらを向く、グロム・バーナードだった。


「……よぉ。カイ」

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