7話 「不可解な点」

 家に、最後には婆さんが帰ってくる。

 いたかと聞くが、顔色を見るに結果は明らかだ。

 首を横に振られ、皆の落胆が一様に分かる。


「悪いねぇ……。町中の人が見張りになっているからって、あたしが出歩く事を許したのさ……」

「出かける前に行先ぐらい聞かなかったのか」

「畑を見に行く、と言って出ていったよ」


 人工太陽の光が遮断される夜。

 ランタンの灯火が揺らぐ中、婆さんは物憂げな様子で続ける。


「あの子の亡くなった父親との家がそっちにあったのさ。外層にしちゃ日が当たるいい場所でねぇ、あの子の大切な場所で、事あるごとにそこに行きがってた」


 婆さんの教育方針は基本的に過保護とは真逆だ。

 俺の時代から、外で皆の為に魔術を使ってあげてこい。といった感じで。

 そんな婆さんが、初めて剣も魔術も得意じゃない子を知り合いに託され、弟子にした。

 本来は過保護にならなくてはいけないが、ギャップがあるのは当然か。


「聞き込みの成果はあったのか?」

「一応。あたしくらいの背丈で、黒髪の若い女がミリーと歩いていたらしいよ。こっちでは見ない顔で、内層の安全な方に向かっていったもんだから声をかけなかったらしい」

「……内層か」


 やはり外層民による犯行というよりは、内層の小金持ちが犯人像には近いか……。

 若い女、というのも気になる。俺を背後から脅した奴と同一人物か?


「その女は剣を持っていたか?」

「あぁ。短刀を持っていたらしいよ」

「じゃあ、俺に金をせがんできた奴かもな」

「神龍金貨1000枚、だったね」

「流石に無理だろう?」

「……どんなに集めても、100分の1が限界だろうね」


 明らかに馬鹿げた提示。

 陰鬱とした空気が流れる中、ノアがあの……と口を開く


「あの、取り合ってくれるかはわかりませんがもう保安局に全部任せてみるのは、ダメ、なんでしょうか?」

「……それは、出来れば最後の手段にしたい。考えたんだが、あのレベルの騎士を雇えるとなると内層の更に中央の人間が動いている。告発してももみ消される可能性が高い上に、取引の中止や向こうの暴走も考えられる」

「確かに、そう……ですよね」


 保安局がもう少しまともな組織ならありなのだが、奴らは外層民の事件に基本取り合わない。

 外層の女が攫われた。という文言だけ聞いて話のタネにされて終わるのが関の山だろう。

 となると最後に残される希望は……。


「だから、2日後の金の取引だ。そこで女を捕まえて、ミリセアの居場所を吐かせる。裏に小金持ちが潜んでいるのなら、そいつの正体もな」


 座っていた弟子たち2人に顔を向けると、頷いて返してくれる。

 この子達もこの味方不足の中では貴重な戦力だ。


 あと協力してくれそうなのは……グロム辺りだろうか。奴の剣は恐らくあの女とも張り合える。

 明日、内々に話を通してみよう。


「婆さんも頼むぞ。しっかりしてくれ」

「あぁ……悪いね、苦労かけるよ。まったくなんでこんなタイミングなんだろうね」


 皆寝室に入っていき、俺はランタンの灯火を水魔法で消した。

 愚痴の1つや2つ言いたくなる状態だが、あの女との戦いに備える必要が……。


 いや、待て。

 確かに、なぜこのタイミングなんだ?


 寝室に入る婆さんを引き留めて、1つ質問をする


「なぁ、俺とミリセアが別のコロニーに行くって話は、内々に進めてたんだよな」

「あぁ。そうだよ」

「俺達以外にそれを知っている人物はいるか?」

「いいや?今この家にいる4人だけなはずだよ」


 俺が最近外層に出向いている事と、俺と婆さん、ミリセアの関係性は多くの人間が知っている。

 それで犯人を絞り込むことは困難だろう。


 だが、俺とミリセアが出会ったのは数日前。

 つまり、人質として機能したのも数日前だ。

 という事はこの計画は、あまりにも迅速に、異様な急ぎようで進んだものだと分かる。

 まるで、こちらが数日後に旅立つのをわかっているかのように。

 計画の全容を、知り得ているかのように。


 思考を巡らす。

 この情報を知る事が出来る人間は限られている。


 計画の話をした日は、エルム区崩落事後の前で。

 その日は婆さんからの手紙を貰っていたから休日を潰してグロムを連れて、彼は家の前に追い出して……。


 刹那、悪寒がよぎる。

 魔物の出現を聞いてグロムと戦闘に向うぞと手を引いた時、あいつはやけに思いつめた表情をしていなかったか?


 『グロムの良い所は五感』


 もし、扉から離れているにも関わらずこちらに耳を澄ませ、奴の鋭敏な聴覚がこちらの会話を盗み聞いていたら?

 もし、あいつから内層の地位のある人間に話が通り、俺が軍事を放棄して傍から見れば自殺行為のような計画を企んでいる事を知れたら?


 まず、止めに入る。

 こんな強引な手段を取る理由は分からないが、筋は通っている。


 ……確証は無い。が、ないのなら明日探りを入れてみるとしよう。


「おい、皆」


 レンとノア、婆さんにもう一度話を聞いてもらう。


「明日、協力者をひとりここに連れてくる事になるかもしれん。その時の手筈だけ覚えてくれないか。特に、ノア」

「え、わたし、ですか?」


 グロムへの疑いは杞憂で終わるかもしれないが、2の矢3の矢はあった方がいい。


ーーー


ミリセア視点


 暗くて、なにも見えない。

 その中で必死に体を必死に動かそうとするけれど、手と足が縛られているのがわかる。


 どこから、記憶がないんだっけ。

 確か、優しそうなお姉さんに連れられて内層まで歩いていって、それから先は思い出せない。


 手足は鉄製の拘束で、燃やせそうじゃない。

 もしここから逃げれたとしても、どうやってこの暗闇の中を逃げようか。ここがどこなのか、今がいつなのかも分からない。


 途端、不安になる。

 死の淵がそこまで迫っているような感覚に、背筋がゾッとする。


 でもどこか、もういいやという気持ちもあった。お父さんの所に行けるのなら、どうなってもいい。

 この前、そういう風に思ったばかりじゃないか。

 私は暗闇の中、流れに身を任せるようにして瞳を閉じた。

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