6話 「カイを脅す女」
「レンはB級相当、ノアが準B級ってとこだろうさ」
「へぇ。それは凄いな。十分一人前じゃないか」
婆さんの家で食事を終え、あとはミリセアが食事を平らげるのを待ちながら、話題は2人の弟子達の実力の話に。
今更だがさっき初めましての挨拶を交わし、2人の弟子たちの名は長男がレン。長女がノア。そう呼ばれている。
末っ子にミリセアを入れた3人兄妹みたいな感じだ。
勿論全員フルネームはもっと長いので、あまり覚えられていないが。
長男、恐らく16歳ぐらいであろうレンがこちらを様子見して、思い出したように口を開いた。
「その、僕らは軍に入れると思いますか?」
軍に入る新兵は基本的に準B級か、そうなる見込みのあるC級。
たまに外れ値的に準A級とかが入ってきたりするが、基本的に皆そんなもんだ。
この子がまだ16歳という事を考えると
「そうだな。2人共、十分入れるだろう。実戦経験があるのもいい」
レンとノアは顔を見合わせて微笑む。
心底嬉しい様子で、でもそれを声には出さない。
婆さんの弟子は皆行儀が良いし、ちゃんと育てられているようだ。
多分この家で一番ワガママなのは婆さんだな。
そう思いながらカップの中身を飲み干すと、今度はノアが喋る。
「お兄さんが内層民なったのはいつなの?」
どちらかと言うと目線は婆さんに向いている。俺も少し考えたが思い出せなかったので、婆さんに目線をやる。
「あんたが12の頃だよ。すぐにあたしを抜かして傲慢になったもんだから、軍に放り込んでやったのさ」
「そんな時期もあったな」
「あれから、生意気そうな奴は弟子にとらないことにしたよ」
それでこの教育の行き届きようか。
納得と同時に洗脳教育の疑いが出てきた。
確か当時婆さんは準A級で、気がつけばA級相当になり追い越していて。
自分は大人だと本気で思い込んでいたから、早く内層民にさせろとせがんだものだ。
「ちなみに、婆さんは今何級なんだ?」
「ん、経験値を入れればA級だね」
「……実際は何級なんだ」
「まぁ、準A級って所だろうね」
それで話を終えようとした婆さんだったが、最後の1口を食べ終わったミリセアが不思議な顔をして首をかしげながら口を開く。
「え、前はたしか準B級だーって言ってたよ」
少女の純心さが婆さんに皮肉として突き刺さり、うぐっと声を上げていた。
そうか。もう衰えて弟子たちに抜かされているのか。
哀れだな。
ーーー
「なぁ、ほんとに辞めちまうのか?」
「まぁな」
翌日の仕事の帰り道、早くも俺が辞表を出した話が出回ったらしく、グロムからしつこく質問される。
しかもわざわざこっちから行こうぜと、遠回りな道を選んできた。長話する予定らしい。
「でも……外層でやってくなんてなぁ、大変なことのが多いだろ?」
「まぁ慣れるまでは大変だろうが、染み付けばすぐだろう」
「そういうもんかねぇ……。俺は考えれねぇよ」
心配してくれているのだろうか。
そう思うと「おまえが辞めたら仕事が大変に……」とぶつくさ言っていたのでそういう事ではないらしい。
「じゃあ、仕事会うのは明日で最後かもって訳か」
「そうだな」
「またな」
「おう」
グロムは不満そうだったが最後には理解して手を振って別れ、俺は人通りの少ない小道に入っていく。
さて、明日には晴れて無職になることが確定した訳だが、ひとまず今日は旅支度をするとしよう。
食料は最後につめるとして、装備の点検、何かあれば補修。
それと特定の魔物ようの特殊装備の使い方を、改めて頭に放り込んでおくべきか。
魔物を前にして装備の使い方が分からずに死んだら、あまりにも間抜けな死に様に
「動かないで」
真後ろから、じっとりとした声。
息を殺し身動きをやめた。
首元に突きつけられたナイフに気がついたからだ。
「何か用か」
平静を装い、声を出す。
相手の力量が測れない。
ここまで完全に気配を消してきた事を考えると、準S級以上か。
その場合、この状況は圧倒的に不利だ。
路地裏というほどでもないただの小道。
しかも内層で、外層の奥地のような緊張感が走る。
「あまり、焦らないんだね」
「期待していたものと違ったか?」
声色から正体を探る。中性的な声の女。
特徴的な声質だが、軍に所属するものの中で思い当たる者はいない。となると、軍上がりで金持ちの護衛についた人間か。
まさかその辺のバンカラに完璧に背後を取られるほど、俺も衰えていないだろう。
そして無言の間が数秒。その間に気づいたが、むしろ相手の方の息が乱れ、足が震えているように思う。
実力は確かだろうが、こんな悪事を働くのには慣れていない?
いや、少なくとも今はこの刃をどけてもらうことに意識を集中すべきか。
「用が無いなら、この刃をどけてくれないか」
単刀直入にそう切り込んでみる。
すると後ろの人間は呼吸を整え、ゆっくりと語り出した。
「ミリセア・フローラの身柄を、私の方で預かっている」
……なに?
「返して欲しければ、神龍金貨1000枚を速やかに渡してほしい」
「……。本気か?」
神竜金貨は金貨の更に上、金貨10枚分の価値があり内層のさらに上流の人間にしか流通していない。
明らかに馬鹿げた金額の提示。世間知らずか、本当に俺がそれだけの金銭を出せると思い込んでいるのか?
「何かもっと、個人的な目的があるんじゃないのか」
「いいや、渡して欲しいのはお金だよ」
「そんな大金を今この場で、というのは無理があるだろう」
「そうだね。だから指定場所と日時を説明する」
日時は2日後。指定場所は外層の奥深く……。確かにここなら誰の目にも届かないだろう。
「こんな話をわざわざここでするのは何故だ?」
疑問だったので、素直に聞いてみる。
ミリセアが人質として機能することを知り得ている、という事は俺が最近外層に出入りしている事も知っているだろう。
なぜ内層を歩く今アタックをかけてくる?
「……何をされても、逃げ果せる自信があるからね」
「それは結構なことだな」
「それじゃ、2日後に」
その人物は、すぐに気配を消してしまう。
最後まで犯罪の寒さに震え、恐怖を感じているようではあったが実力に関してはやはり手練の剣士か。
……いくつか、疑問は残る。いやむしろ、疑問しかないと言ってもいい。
だがそれよりも、今確認すべきはミリセアを攫ったというその1点だ。
駆け足で、俺は外層を目指した。
ーーー
家の戸を力強く開け放ち、婆さんに語り掛ける。
「おい、婆さん。ミリセアは居るか」
「なんだい騒々しい。まだ帰ってきてないよ」
「唐突だが、もしかしたら誘拐されたかもしれない」
「……何言ってんだい?」
俺は婆さんに事の顛末を話した。
婆さんは俺の話を遮らず話を聞き、最後に口を開いた。
「正直信じたくもない話だがね……あんた達!」
婆さんは庭で素振りをしていた長男レンと、家事をさせられていたらしい長女ノアを呼びつける。
「町中の人にミリーを探すよう頼んで回っておくれ。見つかったらこの家まで連れて来るようにいいな」
それから、外層中を駆けずり回った。
ミリセアがよく行くらしい場所、人工太陽の光がよく届く農地から、治安が悪く俺たち以外は入り込めないであろう外層の奥地まで。
外層で何度も崩落を止めていることから外層では顔が広いようで、100人。もしかすればそれより多くの人間がミリセアを捜索したが、彼女の姿はどこにも見当たらず、無情にも時間だけが過ぎ去っていく。
人工太陽の消灯の時間になり、一度家にまた戻ってもみるが、彼女は帰ってきていない。
こんな暗闇の中では、力強い炎を出せる人間でない限り道を歩くことも出来ない。
何より夜間の外層は犯罪率が格段に上がる。
流石に少女もそれは理解し、帰ってこれるのならきているだろう。
焦燥が、確信に変わる。
現実じゃない事のように思えて認知を拒んでいた頭に、異様な現実感と悪寒が走る。
ミリセアが、何者かに拉致された。
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