8話 「心理戦」

 光に照らされ、目を覚ます。

 金銭の受け渡しは明日、軍の最終出勤日が今日。

 それとなくグロムと接触を図るのなら今日が最適だ。

 白が確定すれば明日の作戦に加わってもらえる可能性もある。


 とはいえ明日の作戦に本腰を入れてもらうのなら、説明は今日行いたい。

 そうなると、協力して欲しいという名目である程度の情報をあいつに開示し、反応を見ながらどこまでの情報を開示するかを考えるのが良いか。


 そう思いながら支度を済ませ、職場に向かう。

 不安の種は尽きないが、やる事は明確だ。今はそれに集中しよう。


ーーー


 仕事を辞める最後の挨拶を済ませて、狙わずともグロムと会話を交わす事になる。


「なぁグロム。1つ相談があるんだがいいか」

「あん?なんだ?やっぱり仕事辞めるの辞めますなんて言うなよ」

「そうじゃない」


 いつもの調子のグロムだ。

 そう思い、まずは一段階切り込んでみる。


「明日、俺の依頼を受けてくれないか」

「ん?また護衛のか?」

「いいや、今度は女の剣士と戦う事になるかもしれない」

「……なんだそりゃ」


 グロムは訝しむ様子で眉間にしわを寄せる。


「その女に因縁をつけられててな。明日戦闘になるかもしれない」

「おいおい。モテモテかよ」


 まだ茶化す様子のグロムに、顔を見た事すらないがなと付け加える。

 歩を進めながら、その女の事は知っているかと問う。


「黒髪に、160cm前後で、武器には短刀を使うらしい」

「その女か?」

「あぁ。聞いたことはあるか?」

「さぁ……女で剣士、しかも短刀使いとなるとかなり目立ちそうだが、聞いたこともねぇ」


 本当そうに見える。


「ただま、お前の頼みなら是非とも受けたいな。前回の護衛の時も金払いがよかったしよ」

「そうか。じゃあ一度、依頼主の所まで来てくれるか」

「んん?お前じゃねぇの?」


 もう1段、切り込んでみるか。

 心理戦を持ちかけられるほど人と戦った経験は無いのだが、やってみるしかない。


「あぁ。実は誘拐騒動が絡んでてな。ミリセアがその女に捕まったんだ」


 そこで言葉を切り、グロムの表情を見る。

 彼の口元が、一瞬揺らいだだろうか。

 歩く足が、一瞬止まりかけただろうか。

 彼が今動揺したのか、こちらが神経を集中させたからそう見えたのか。

 分からないが、彼はミリセアの名を知らないはずなので、正しい反応は……。


「へぇ、誰だそいつは」

「まぁ、親戚の子といったところでな。その子を助けなくちゃならない」

「そうか……大変だな」


 会話が重い空気になる。

 女との戦闘と聞いた時は茶化したが、今回は真面目にこの話を聞く。

 馬鹿正直に捉えれば、誘拐事件と聞いて親身になってくれたいい奴。

 穿った見方をすれば、罪悪感から来る寡黙。


「その子の保護者が、ぜひ協力者がいるなら話を聞きたいというんでな。今から来てくれるか」

「あぁ、明日じゃ、時間もねぇしな」


 確証は無く、俺は服の袖口に硬化した土を忍ばせながらグロムと共に外層の婆さんの家まで歩を進めた。


「連れてきたぞ」


 慣れた手つきでドアを開く。

 待っていたのは婆さんと、剣を携えた弟子2人。


「協力者ってのはあんときの奴かい」

「そうだ。これでも腕がたつんだ。こいつは」


 特段何も気にしていないそぶりで続ける。

 グロムが俺を殺そうとする可能性は無い。

 だったらこんな周りくどい事はしないし、あの女の時点で俺は死んでいた。


 だがこの3人となると話は変わるかもしれない。

 だから念の為弟子たち2人には剣を持っておいて貰った上に、奥にいてもらう。


「これでもってなんだよ……。で?この年寄りの娘が攫われたのか?」

「あぁ。悪いが協力頼むよ」

「あいあい」


 グロムが席に腰かけ、詳細を問おうとする。

 だがその前に、弟子たちを紹介しておく事にした。


「あの子達も今回の件に協力してくれるレンとノアだ。2人ともそこそこ戦える剣士だ」

「へぇ。何級なんだ?」

「B級と準B級らしい」

「そうか。ま、準S級の俺の補助役ぐらいにはしてやってもいいな」

「じゃあお前はS級の俺の補助役だな」

「うるせうるせ。魔術士は後ろで見てな」


 婆さんとグロムが向かい合うようにして座り、一応俺はグロムの後ろにつき、剣に手が触れないかを見守る。

 その際、ノアが出かけてくると言い、何やら玄関横の小瓶を下に落として割っていた。


「おい、あのドジッ子がほんとに剣士なんてやれんのか?」

「どうだろうねぇ。あたしは人と本気で戦ってるあの子は見たことがないから、いざ前にしたら震えちまうかもね」


 婆さんそう言い終わると、1つ1つ説明をグロムにしていく。

 俺がその黒髪の女に不覚をとった事。

 恐らくその女と戦う事になる事。

 そしてミリセアの居場所を吐かせようとしている事を話してもらった。


「なるほど。カイにバレない程の忍び足……強敵かもな」

「ま、俺も正直油断していたのもある。お前と別れてすぐだったからな」

「……へぇ。そうだったのか」


 思えばあの時もグロムと一緒に歩いていて、そのすぐ後だった。

 特段意識していなかったが、小道の方に誘導されていた可能性もある。


「受けてくれるか」

「そうだなぁ。まぁ危険そうな仕事だが、やれる事はやってやるよ」


 明日の仕事の契約を交わし、この日は十分な休息を取る為にグロムと内層の家に戻ろうという話になった。戦闘の前には回復が必要だ。


 そして俺は、グロムと明日なと別れを告げた後で、奴を少し尾行する。

 1つ、ノアに頼んでいた事。玄関横にある特殊な塗料を巻いてもらい、グロムの足跡をつけられるようにする事だ。

 この塗料は無臭な上、火で炙らない限り視認できないので魔術が使えないグロムが気が付く事はできない。


 しばらく歩くと、グロムは内層の隅の小屋のような場所に辿り着く。

 そしてそこから、ピクリとも動かない。


 あの場所を守っている。という様子。ミリセアが居る可能性がある。


 だが今アクションを起こすのは、正しい選択だろうか。

 奴があの小屋を守っているのだとしたら、かなりの警戒をしているはずだ。戦闘になる可能性は高い。

 グロムをやるなら、あいつが完全に油断しているタイミング。

 ミリセアを助けるなら、小屋に見張りが居ないタイミングだ。実際グロムが来るまではそうだった。


 グロムは、ずいぶん長くそこから動かない。1度引いて、明日にするとしよう。


 恐らく、決着は明日だ。

 そう思い、今度はもう本当に休息を取ろうと、内層の自分の家に戻る事にした。


「あ、いたいた。カイさん!」


 ほぼ家の前の帰り道で、見知った顔に呼び止められる。

 道端で呼び止められる事にはトラウマがあるので、一応戦闘戦闘用意をしておく。

 だがそれは、いつもの様子の仕事の同僚だった。

 いやもう仕事は辞めたので、同僚ではないが。


「中央の者が、明日是非来てくれと呼んでいますよ!」

「そうなのか」

「はい。きっと戦績を称えて表彰とかしてくれるんですよ!昼の12時くらいにって言ってましたよ」


 取引は夜だが、明日は備えたい事が多すぎるな。


「多分、いけそうにないな」

「予定があるんですか?」

「あぁ。とっておきのな」

「そうですか……。あと、もう一個伝言を預かってるんですよ」

「なんだ」

「ミリセアさん?の件とやらを解決してやれるやもしれん。とか」

「……はぁ?」


ーーー


 自室に、ようやく帰ってきてひと段落着く。

 最近、毎日の濃度が異常な気がする。

 こんな日が何日も続いていたんじゃ、体が持たない。

 だが、弱音を吐いてもいられない。

 俺は仕事を辞め、取り返しのつかない所まで来ている。


 この家とも、ミリセアを送り届けて帰ってきたらおさらばだろう。

 無職に内層の家賃は手痛い出費だからな。


 そう考えていると、家の戸が叩かれた。

 今度はなんだと思いながらどうぞと言う。


 それは、最初は誰だか分からなかった。

 見たことが無い顔は今にも泣きだしそうな程歪んでいる。

 その人物の勇敢な行動のおかげで、明日の昼。この騒動の黒幕と決着がつけられそうだ。

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