第2章 コロニー128脱獄計画

5話 「旅の計画」

 今日も仕事を早めに切り上げて外層に出向く。

 グロムが俺も行ってやろうか。などと聞いてきたがどのみち長話を外で待たせるだけなので遠慮し、婆さんの家で具体的な旅の計画や問題点を擦り合わせていた。


 既に立てられていた計画は想像以上に的確で、経路や食料問題、予測日数や遭遇する危険性の高い魔物等がピックアップされている。

 机の上に人類が地上を生きていた時代の薄汚れた地図が広げられ、それを見ながら想像を膨らませていった。


「最初から確認するが……」


 俺は1拍置き、計画の全容を自らの頭に叩き込むように語り出す。


「移動距離は380キロ弱、その子を連れる事を考えると現実的な日数は片道25日前後」

「勿論、不運が重なれば伸びるだろうがね」


 婆さんはアクシデントは当然だという様子でそう言う。

 実際道中で魔物との戦闘を次々にこなしながら少女を連れて歩くのなら、1日で15kmが妥当な所だろう。旅路の後半になるにつれ体力、精神力の消耗も懸念される。


「食料は保存食を20日分。その程度なら用意出来るんだったな」

「そうさ。荷物的にもそのくらいが丁度いいだろう」


 20日分の食料。

 2人で分け合うには少々ひもじい思いをしなくてはならないが、衣服や特定の魔物への対策となる装備を携える事を考えるとこれでも重荷が過ぎる。


 もし旅路が長引く等、なんらかの理由で食料が不足しそうな場合には中継地点となるコロニー236にて食料を調達する。


 物価の詳細は分からないが、金目の物で且つかさばらない何かを持参し、それを向こうで売るのが確実だろう。

 コロニーの大きさによっては貨幣制度自体が死んでいる可能性もある。物々交換で食料を求めるのは中々に骨が折れそうだが、まぁ食料が無くなった場合だけだ。


「この移動経路に生息する特に警戒すべき魔物は3種。蛇とミミズと龍の魔物。どれも獰猛で、人間を見つけたらどんな餌より真っ先に食いつく魔物」

「特に龍だね。それ以外はなんとかなるかもしれないが、それを見たら真っ先に息を殺しな」

「そんなにまずいのか?」

「あたしの更に上の世代は、龍に町1つ破壊されたなんて話をよく言ったもんさ」


 魔物は人間を捕食するタイプから、単純に殺す事だけに固執してくるタイプもいる。

 魂の魔力を吸い取る為だとかそんなのが通説だが、人間がいない世界でもピンピンしてるので生存に必要不可欠という訳では無いらしい。

 迷惑な話だ。


「遭遇した場合の対処法は無いのか」


 一応聞くが、婆さんは半笑いで戦うことなど考えるなと言う。


「あれに見つかったら終わりだと思いな。自然界最強は龍だ。人間じゃない」


 龍の生息地である山岳地帯はもう少し広く迂回しようか……。そんな事を考えると、婆さんはそんなに心配する事じゃないさと言う。

 俺ではなく、横で物凄く不安そうな顔をしていたミリセアにだ。

 そこで俺は、話の腰を折りひとつ疑問に思っていた事を尋ねる。


「関係ない事だが、なぜこの子だけ服が汚れている?」


 他の弟子達も清潔とまでは言えないが、それより数段汚れている気がする。

 まさか魔術が出来ないからって虐めてるなんて事は無いだろう。


 すると婆さんは、何度洗っても汚して帰ってきてしょうがないのさと言う。

 俺と会ったばかりだから緊張させているだけで、実際は結構奔放な子なのかもしれない。


「まぁ俺も12歳の頃はそんなものだったか」

「わたし12歳じゃないよ。13歳」

「ん、そうか。悪い」


 あとは、片道25日。

 帰りは1人になる事から20日程度だと想定して、45日の旅。


 これだけの休暇は取れるか、という所だが、婆さんは穴を埋め合わせるようにその間弟子を派遣するのはどうかと言う。

 それで弟子2人を内層民と馴染ませようって算段らしいが、そんなに上手くいくものだろうか。

 崩落事故で魔物との実戦経験もあるなら、実力はなんら申し分ないだろうが。


 というかそもそも、俺の目的は外層民を救う事にある。これはその一端だ。

 ならば思い切って辞表を出してしまうのも手か。


 金に関しては外層で生きていくなら申し分ない貯蓄があるし、昔はなんとしても内層に這い上がろうという意思があったので失念していたが、婆さんと同じように外層に常駐、先日のような崩落に対処する構えを取るというのも悪くない。

 救える人数だけで見るなら、今の職務の5倍は固いだろう。


 いい転機かもしれないと思いつつ、結論を急ぐものでは無いので頭の片隅に留めてほかの疑問点を探す。


「それと、フローラ家からの手紙はどんなものだったんだ」


 太陽の鳥で何通も送られてきた手紙というのも気になる。

 文面からある程度の送り主の人柄や、ミリセアへの熱意も読み解けるだろう。

 そう思って質問したのだが……。


「少し奥の方にしまっちまったから、後日でもいいかい」

「……?そうか」


 鳥が送られてきたのは結構前だったりするのだろうか。


 互いに顔も見た事が無いような相手なわけで、先方の人柄は気になる。

 長旅を終えた後、向こうのフローラ家がとてもミリセアを託すに値しない人間だった、なんてことになれば骨折り損もいい所だからな。


「ひとまずはこんなものだろう。旅路も十分現実的だ。不安材料は絶えないが、やる価値は十分にある」

「出発はいつになるの?」


 長話に退屈したのか、ミリセアが訊く。


「そうだな……準備を込みで、5日後でどうだ」

「5日後」


 そう反復した後、彼女は少し浮かない表情をする。


「不安か」

「うん。ちょっとだけ」

「本当にちょっとだけか?」

「……ほんとは結構不安」


 ここより豊かな生活が保証されているとはいえ、この歳で故郷を離れる事になる。不安に思うのも当然か。


「大丈夫だ。きっとお前は、幸福になる義務がある」


 ミリセアがこっくりと頷くと、弟子達2人が帰宅し皆で食事をとることにした。

 久々の外層の食事は質素で少量だったが、それすらも悪くないと、今は思えている。


ーーー


 人工太陽の光が静まる夜、黄金色の部屋が光を失う中、ヴァリウスはランタンを付け、カイラス・ヴァレンティアに関しての報告を思い浮かべた。


 魔物討伐数762。魔法基礎六種において穴はなく、応用力も高い。

 13年前、当時12歳の頃に魔術の腕を見込まれ内層民になり、周囲からの信頼も厚い。

 出身は外層であり母親は他界、父親とは絶縁。深く繋がりのある人物は老婦人、ベリンダ・ドレインのみ。

 現役の魔術師であり、ヴァレンティアの育手。


「人質には……やや不向きか」


 人質は、魔術が得意では無く自力での脱獄が困難なうえ、庇護欲が掻き立てられる人物が理想だ。

 若い女か、子供が本来なら望ましい。

 そんな人物を、ヴァリウスは一人聞き及んでいた。


「ミリセア・フローラ……」


 ヴァリウスは狙いを絞り、明日の作戦決行に備えた。

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