第5話:拠点確保への道

 森を歩きながら、俺は考えていた。


 昨夜は木の根元で眠った。冷たい地面と、時折響く魔物の遠吠えに何度も目を覚ましたが、なんとか朝を迎えることができた。そして、日付が変わったことを確認すると、新たにファシムを生成する。


「これで二体目か」


「ふむ、戦力が増えるのは悪くないな」


 俺は頷き、二体のファシムとともに森を進む。食料と水は確保できたが、寝床がない。昨日も地面の上で寝たせいで体が痛むし、夜は冷え込む。何より、暗闇の中で魔物の気配に怯えながら眠るのは、精神的にも負担が大きい。


「やっぱり拠点が必要だな……」


「条件を整理するか?」


 隣を歩くファシムが問いかける。俺は頷きながら口にした。


「雨風がしのげること。魔物に見つかりにくいこと。できれば水場に近く、防衛もしやすい場所……」


「ふむ。ならば、洞窟が適しているな」


「そうだな……ただ、安全な洞窟があるとは限らない」


 俺は慎重に周囲を見渡しながら進む。すると、前を歩いていたファシムの一体がふと足を止めた。


「洞窟があるかもしれない。岩壁の裂け目を見つけた」


「よし、案内してくれ」


 ファシムの後を追い、森の奥へと向かう。


 裂け目の前に立ち、慎重に中を覗き込む。入口は狭いが、人一人が通るには十分な大きさだ。奥は暗闇に包まれ、先の様子はわからない。しかし、空間が広がっている気配はある。


「これは……」


 俺は息をのむ。


「入り口は狭いが、中は広そうだな。拠点として悪くない」


「確認してみるか?」


 ファシムの提案に頷き、俺は慎重に裂け目を抜けた。


 洞窟の内部は、思った以上に広かった。岩肌は滑らかで、長い年月をかけて自然に形成されたものだろう。天井は高く、意外にも圧迫感がない。


 しかし——


「……なんだ、これ」


 壁面には無数のひっかき傷のような跡があり、地面には何かが這い回ったような痕跡が残っていた。天井の一部には、薄い繭のようなものが張り付いている。


「ここには、芋虫型の魔物が住んでいたのか……?」


「いや、今もいるな」


 ファシムが指差す先に、動く影があった。


 成人の腕ほどの大きさの芋虫のような魔物が、洞窟の奥でじっとしている。淡い緑色の体表がぬめりと光り、時折小さく身をくねらせていた。


「攻撃的かどうかは不明だな」


「……ファシム、お前が試してみてくれ」


 俺の指示を受け、ファシムがゆっくりと接近する。魔物は粘液を出しながら移動を始めたが、その動きは鈍い。


「襲ってくる気配はない」


「……討伐してみるか」


 ファシムが素早く手を伸ばし、魔物の動きを封じる。両手でしっかりと掴むと、魔物はキュウキュウと鳴きながらのたうち回った。


「しっかり押さえろ」


「了解」


 ファシムは無感情に頷くと、そのまま魔物の頭部を岩に叩きつけた。


 ぶちゅ……。


 鈍い音が響き、緑がかった体液が地面に飛び散る。魔物はしばらく痙攣していたが、やがて完全に動かなくなった。


 その瞬間——


 体の奥底から、何かが流れ込んでくる感覚があった。


「……っ!」


 思わず息をのむ。微細な熱がじわりと広がり、手足の奥に染み込んでいくような感覚。だが、それが何なのかはわからない。


「どうした?」


 ファシムが首をかしげる。


「いや……なんでもない」


 今は気にしている場合じゃない。


 俺は慎重に魔物を観察する。毒があるかもしれないし、どんな味なのかもわからない。


「食料になるかもしれないな」


「だが、未知の魔物をそのまま食べるのは危険だ。ファシム、お前が試せ」


 ファシムは黙って頷くと、倒した芋虫型魔物の肉片を手に取る。そして、ためらいもなく口へ運んだ。


 ぐにゅ……ぬるり……。


 噛みしめるたびに粘液が染み出し、嫌な音がする。


「……どうだ?」


「問題ない」


 ファシムは淡々と答える。どうやら毒はないらしい。


「なら、食料の候補にはなるか」


 俺は少し安堵した。狩猟だけに頼らず、こうした安定した食料源を確保できるのは大きい。


「ここを拠点にするか?」


「そうだな。ただ、完全に安全とは言えない。入口を防御しないと」


 俺は洞窟の入り口を振り返った。狭いとはいえ、魔物が入り込めないわけではない。


「岩や枝を使って障害物を作るか。ファシム、手伝え」


「了解」


 俺たちは周囲から石や枝を集め、洞窟の入り口を簡易的に塞ぐ作業を始めた。これで完全に防げるわけではないが、少なくとも夜に魔物が入り込む確率は下げられる。


「とりあえず、これで様子を見るしかないな……」


 俺は洞窟の奥に腰を下ろし、改めてこの空間を見回した。


「ここが俺の拠点になる」


 まだ課題は多いが、ようやく安息の場を手に入れた。

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