第4話:森の脅威

 太陽が昇り始めた頃、俺は目を覚ました。


 体が重い。昨日はようやく食料を確保できたが、夜は冷え込み、地面の上で眠るのは想像以上に過酷だった。寝返りを打つたびに硬い地面が骨に当たり、痛みで目が覚める。夜の森は静寂に包まれていたが、時折響く遠吠えや木々のざわめきが、俺の意識を容赦なく現実へと引き戻した。


「……このままじゃ、もたないな」


 食料は確保できても、夜の恐怖が解決しない限り、まともに休息をとることはできない。肉体の疲労はもちろん、精神的な負担も増していく。このままでは疲れ果て、判断力を失い、結局は魔物の餌食になってしまう。


「拠点を探すべきだな」


 ファシムが静かに言った。


 俺は頷く。昨日も感じたが、ファシムは思考が俺とほぼ同じだ。俺が考えていることを理解し、それを言語化してくれる。まるで自分自身と対話しているような感覚だった。


「そうだな……このままじゃ、夜が来るたびに消耗するだけだ」


 拠点が必要だ。せめて雨風をしのげる場所があれば、夜の恐怖も少しは和らぐはず。


「探索を開始するか?」


「頼む。お前が周囲を調べてくれ」


「了解」


 ファシムは俺の命令を受けると、すぐに森の奥へと歩き出した。


 俺はその間に、昨晩の焚き火の残りを確認し、水場へと向かう。冷たい水を手ですくって顔を洗い、喉を潤す。昨日より少しだけ、状況は良くなっている。水が確保できるだけでも、気持ちが落ち着く。


 ——だが、それは一瞬の安堵でしかなかった。


「……やばい」


 ファシムの声が聞こえた。俺はすぐに振り向く。


 ファシムが戻ってきた。その表情は変わらないが、確かに緊張感があった。


「何があった?」


「魔物と遭遇した。かなり大きい」


 俺の心臓が跳ねる。ウルフ程度ならまだしも、俺が対処できないような魔物だったら……


「どんな魔物だ?」


「黒い影のようなものが動いていた。蛇のような形状……だが、実体があるのかどうかも不明」


 影蛇(シャドーサーペント)か。俺の知る限り、それは夜行性の魔物で、夜の闇に溶け込むように動き、獲物を狩る。


「昼間でも活動するタイプなのか……?」


「距離を置いて観察したが、ゆっくりと移動していた。だが、こちらの存在には気づいていない」


「なら、今のうちに離れた方がいいな」


 俺は即座に決断した。これまでのウルフとは明らかに違う。俺が戦える相手ではない。


「ファシム、お前が囮になってくれ」


「了解した」


 ファシムは即座に動き、反対方向へ走り出した。俺は慎重に身を低くし、草陰に隠れながら、森の奥へと進んでいく。


 しばらくすると、遠くから獣のうなり声が聞こえた。ファシムが注意を引きつけたらしい。


「……助かる」


 俺は心の中でファシムに感謝しつつ、できるだけ遠くへ移動した。


 ——十分後。


 静かになった。


 ファシムは消滅したのかもしれないが、それは仕方がない。俺はすぐにもう一体を生成しようと意識を集中する。


 そして——もう一体を生み出すと、すぐに俺の目の前に新たなファシムが立ち上がった。


「……?」


「……無事、生成できたか」


 だが、その瞬間、ふと考えた。今は日が昇ったばかり。果たしてファシムは何体生成できるのか?


「試してみるか……」


 俺はさらにもう一体を生み出そうと意識を集中する。


 だが、今度は——何も起こらなかった。


 俺は焦りながら何度も試すが、ファシムは現れない。


 ——その瞬間、理解した。


「……なるほど。一日に一体しか作れない……そういう制約があるのか」


 確証はないが、そう考えれば辻褄が合う。つまり、今俺は新たなファシムを生み出すことができない。次に使えるのは明日だ。


「このままでは、いずれ俺が殺されるな」


 俺は心の中で呟く。今はまだ逃げることで生き延びることができるが、こんな状況が続けば、いつか疲労や判断ミスで命を落とす。


「拠点を探さなきゃならない……絶対に」


 俺は再び、森の中を慎重に進みながら、安全な場所を探す決意を固めた。

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