第2話


ここはアリアル公国の辺境、ハイリヤードという土地であった。隣国のスプトニクに一番近い場所でもある。本来ならばローレンスとセシリアは、まっすぐスプトニクに向かう筈だった。スプトニクの都市部に住む彼らの知り合いに、物資の補給を頼むためである。

しかし道程は思いの外難航した。原因は今ローレンスの隣にいる女、セシリア・アイゼンハワーのせいである。

彼女の父は神父であった。神職につく者に子など、と思う者が多いかと思うがここでは一度割愛する。彼女は父の遺志をついでまっとうな……ローレンスに言わせればいささか過ぎた……正義感を身につけていた。

そのため、旅の途中で悪魔祓いの依頼が入ってしまえば一も二もなく引き受けてしまうのだ。まったく困った旅の相棒である。

「まったく、言っておくが『譜面』は残り少ないぞ。それがなくなったらもう祓えない」

「分かってる。小さな悪魔程度なら私でもどうにかできる」

ここでの「どうにかできる」というのは四肢を粉砕してぐちゃぐちゃにしそれぞれを杭で別の場所に打ち付け、しばらくの間何もできないようにすることだ。悪魔は『聖歌』の力がないと完全なる消滅は不可能であり、セシリアのは強硬手段だ。

「もっとも、ここの悪魔は君の『聖歌』がないと厳しい。あとどれくらいある」

「あー、まあスプトニクに行くまでは持つだろうよ」

ローレンスは飴の瓶が入ったのとは違う、もう片方のポケットをまさぐって答えた。そこにも瓶が入っており、中には飴に似た結晶が入っている。これこそが『聖歌』を発動させるために必要な『譜面』であり、ローレンスとセシリアが手に入れにいこうとしていた物資だった。

「一応大体の色はあるが、油断はできねえ。なるべくそっちで頼む」

「任せろ」

譜面には『色』と呼ばれる属性が付与されている。この属性について説明するには、まず悪魔の成り立ちについて説明しなければならないが面倒くさいので割愛する。

洞窟の近くに漂う生臭い匂いを掻き分けるように進む。崖が夕日を隠して、視界が一層暗くなる。その先でくちゃくちゃと、もうローレンスにも聞こえる音。その音がぱたりと止んだ、刹那。

一瞬で隣にいたはずのセシリアが、大きな尾で悪魔の腕を受け止めていた。

先程までのシスター服と真逆の、真っ白な衣装。背後に骸骨を背負っているかのようにその背や腹に骨のような白い武装をまとい、大きなサソリのような尾と、背には白い羽。白いけれど、ローレンスと同じ形の、羽毛の生えていない蝙蝠のような羽。黒かった髪も換装に合わせるようにして白く染まり、目は翠から赤へと色を変えている。

そして、彼女がその尾で受け止めているのは、瘦せ細った、人間にしては首が長すぎる、羽のある生物。

「何だぁ? オマエラ、食われにきたのか?」

キイキイと鼓膜を破るような不快な声。近くにいるとより臭気が増して、吐き気を覚えるレベルになる。

「悪いが、そのつもりはない」

言い放ったセシリアが、尾を払って悪魔を吹き飛ばした。

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