第3話
鉄と鉄がぶつかりあうような音が断続的に響く。セシリアの尾や手甲と悪魔の鋼鉄の様に固い腕の皮膚が衝突する音だ。
悪魔は一般的に、人を食べれば食べるほど強くなると言われている。この悪魔は少なくとも、村ひとつぶんの人間を喰っていた。旅するローレンスとセシリアに助けを求めてきたのは、廃村となった村の隣村の住人だった。そこにはただひとり、母親により藁の中に隠され生き残ったこどもがいた。
「この子は隣の村から裸足で逃げてきたんです。でも、ちっとも喋んなくなっちまった。前はおしゃべりではしっこい、いたずらっ子だったのに……」
隣村との交流が深かったらしい村長は寂しげにこどもを抱きながら言った。こどもの瞳にかつてあっただろう光はなく、大きな悲しみが少年を苦しめていることは容易に察せられた。
「……悪魔の根城は分かるか」
そう言い出したセシリアに、ローレンスは「またか、お前」と止めたのだが結局は彼女の圧に根負けしてついてきたという訳だった。
(まったく、こいつはおひとよしすぎる)
目の前で、自分とはまったく関係ない問題を解決しようと奮闘する女に思う。ローレンスひとりならばきっと、すがった目をした村民を置き去りにして先を急いでいただろう。実際にそうしたこともある。
けれどセシリアはそうしない。必ず足を止めて、相手の話を聞く。その表情は容易には変わらないけれど、彼女がその度に胸をいためていることは察せられた。
「ぐあっ!」
悪魔が醜い悲鳴をあげた。セシリアの尾が比較的やわらかな胸あたりを切り裂いたのだ。セシリアは間髪入れず、地を蹴って追い打ちをかける。一度大きく後ろにさげた腕が鎌のようにしなり、傷口を手甲がえぐる。その勢いのままセシリアは悪魔を木に縫い留めた。悪魔の手が抵抗しようとするのを尾で止めて、「ローレンス!」と叫ぶ。
「ああ、分かってる」
こっちも準備はできている。
ローレンスは手に持った宝玉に、瓶に入れていた聖水を滴らせた。正確には、聖水に自分の血を混ぜたものだ。『譜面』を起動するためのトリガーだ。
「……大いなる我が神よ、聖なる歌を授けし神よ、その力の一端を、光を、我は扱う者」
流れるような詠唱に合わせ、『譜面』と呼ばれる宝玉がその形を変えていく。ローレンスはそれを地面に放り、一歩下がった。次の瞬間、宝玉がその形を変える。透き通るような赤はそのままに、三脚があらわれる。三脚に支えられているのは長細い筒であり、悪魔の方を向いて筒先に魔法陣が浮き出ている。
「……我、執行者である。我、平定者である。我……神の下僕であると誓う」
ローレンスはこの詠唱が嫌いだった。誰が神の下僕などになりがさるものか。それでもこの力を使うには、詠唱するしかない。
「行くぞセシリア、避けろよ! 標的、目視。……シュトーラル!」
そう言った瞬間、赤い光が筒の先端から噴き出した。光線はそのまま悪魔を貫く。
「ア、アアアアアア!?!?!?」
悪魔が絶叫した。光に貫かれたところから、悪魔のからだが砕けていく。セシリアが押さえていた腕や、手甲に貫かれていた胸も塵となって消える。
「じゃあな」
ローレンスが呟くころには、悪魔は跡形もなく消え、代わりに塵がはらはらとあたりに散らばっていった。
最後の祈りは悪魔のために @ashiyaroman
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