最後の祈りは悪魔のために
@ashiyaroman
第1話
一話
近くの住民からは禁足地と呼ばれ、誰も足を踏みいれない山。そこに今とある男女がいた。片方はいかにも敬虔なシスター。もう片方は神父だ。だがその瞳は冷たく細められており、慈愛の欠片も感じられない。
「ローレンス、気配は感じるか」
「あー、感じるけどよ。これぁアイツじゃないぜ」
「そうか。だが仕方ないだろう。頼まれたんだから」
ローレンスと呼ばれた男はその答えにうんざり、といった顔をしてみせた。
「お前の正義感はホンモノだな。まったく、天国のお父様も喜ぶぜ。あの人みたいになりたいってか?」
重たい皮肉を言われた女は、しかし表情を変えることはない。その緑の瞳を忙しなくあちらこちらに向け、警戒している。対する男は赤の瞳をすがめて欠伸などをしている。
二人の名前はそれぞれ男の方がローレンス、女の方がセシリアである。見た目は神父とシスターではあるが、その内実が大きく異なることに気が付くただびとはいないだろう。
「それにしても『悪魔祓い』なんて柄じゃねえっての」
「しつこいぞ。ほら、気配は」
「もう大分近いぜ」
二人が歩を進めているのは山間部。あたりは夕闇に染まり、カラスがやけにうるさく鳴いている。地面は当然舗装されておらず、二人の旅用靴を汚していた。あとで洗わなければならないことを考えてローレンスは面倒になり、言う。
「なあ。ここなら俺『出してても』いいか?」
「村人は立ち入れないから問題ないだろう」
「おい早く言えよ」
ローレンスはその返事に怒鳴り、次の瞬間ばさりと大きな羽をその背から広げた。漆黒の羽は禍々しさを感じさせる。羽を出せたことでほんの少し楽になった気がしてローレンスはひといきついた。懐から瓶を出してきて、その蓋を開ける。中に入っているのは色とりどりのキャンディだった。
「あー、苦しかった」
そう言って、ローレンスはキャンディをひとつ掌に出して口に含んだ。甘い味が口の中全体に広がり、喉までとろみが侵食してくるのを感じる。それを飲み下し、ローレンスは瓶をポケットに戻した。そして道の先を顎でしゃくってみせる。
「……おい、そろそろだぞ」
「分かってる……あそこだ」
女は慎重に頷いた。そこにあったのはぱかりと裂けめの開いた崖だった。上から何か大きな力でも加わったかのように崖が裂け、あなぐらのようなものが形成されている。
「地震か?」
「いや、こりゃあ悪魔の仕業だな。大方『落ちて』きた時に自分の力試しでもしたんだろう」
女の問いに、ローレンスは答えた。鼻腔を擽るのは腐った魚のような匂いだ。悪魔に近づくといつも悪臭がする。己も悪魔と呼ばれてもおかしくない見た目をしているのに、おかしなものだ。隣の女から香る匂いが心地よいものであることも、またローレンスを面白くない気持ちにさせる。
「さあ、行こうぜ、聞こえてんだろ」
「うん……中で音がする」
ローレンスの五感は、この特殊な嗅覚を除けば女に及ばない。女はまた特別な力を持つモノであった。
「さあ行こうぜ、しょうもない人助けだ」
ころり、とキャンディを口の中で転がした後男はそうぼやいた。
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