第11話


 彼女の死後、絶対的な指導者を欠いた国内は混乱した。玉座が空白になると、それまで抑えられていた体制への不満も爆発する。一時は世界トップクラスにあった経済は崩壊し、行き過ぎた科学技術開発の歪みが火山の爆発のように噴出した。


 難破船と化した政府は独裁者Dへの批判運動を開始し、夢から醒めてしまった国民は夢に酔ってしまった不満のはけ口をD批判に求めた。


 独立戦争時代のような様相を呈した首都で、何者かによってDの霊廟が放火された。ほんのひとか月前に完成したばかりの霊廟は炎とともに瓦解し、焼け跡からDの遺体は見つからなかった。いまもって、Dの遺体は行方不明となっている。

 その後Dの側近たちはドミノ倒しのように軒並み逮捕され、Dの懐刀と呼ばれたクロトフ・ルゼも処刑された。

 雇用主Dの死とともに大統領官邸に住む権利を失っていたエヴァは、首都でD批判が巻き起こった頃にはすでに、この薄寂れた地方都市でただの老いた女として暮らしていた。

 Dはエヴァを公的な役目につけなかった。私的な付き人のまま、三十六年間も日陰に置いた。

 エヴァはDの私設秘書ですらなく、紙の雇用契約書も存在しなかった。給金は口座振り込みではなく手渡しだったので、雇い主のDが死んでしまったらDとエヴァを繋ぐものは個々人の記憶のみとなる。大統領官邸で働いていた人々、またルゼを含めわずかな数のごく近しい側近はエヴァを見知っていたが、彼らもエヴァがカバン持ちの付き人に過ぎなかったことは知っていた。

 独立戦争中から共和国軍時代にかけて、エヴァはDの私生活における交換可能な部品のひとつだった。そしてDが大統領に就任してから、エヴァはますますDにとって重要な存在でなくなっていった。

 いてもいなくても変わらない陰の小石だったこと。それはエヴァを、D批判の粛清の嵐から守ってくれた。生前のDにエヴァの将来を気遣うような意図があったかは別として、体制崩壊後のエヴァはDの一貫したその方針に生かされたのだ。


 だが、こういう見方もできてしまう。


 私はDにとって、自分のために殺すほどの価値もなかったと。

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