特別な存在【KAC20255】

空き缶文学

いつまでも見ていてほしいから

 アイドル候補生の小さなライブで、同期の子がコンテンポラリーダンスを突如披露した。染めたことがない艶やかな黒髪を揺らし、長く細い手足をゆらゆら、自由自在に動かしては、先輩アイドルのデビュー曲に合わせて元の振り付けに戻る、とにかく緩急が激しかったのを覚えている。

 表情は悪魔に魂を売ることも厭わない、口を曖昧に開け、目を細める妖艶さを見せつけてきたと思えば、キラキラ眩しい少女的笑顔で、輝く汗を一生懸命滴らせる。

 レッスンの先生たちも、あまりの存在感と自由過ぎるライブに心を奪われていた。

 私も、そう……――、






 ――……今も頭から離れられない。

 寮の部屋で、もぞもぞ布団の中で寝返り、彼女のダンスに打ち拉がれる。


「はぁ……」

「はぁー」


 同じようで同じじゃない息の漏れ方。

 お風呂上がりにアップルジュースを飲み干す同期、春宮はるみやつなぎ。

 アイドル候補生として学園に入学した時から彼女と相部屋で、一番長い時間を過ごしている。嫌になるくらいに……。


『彼女こそ天下無双のアイドルよ!』


 入学式の日、学園長がつなぎを一目見ただけで豪語した。高らかに大きく、底から湧き出る低音を響かせながら発した声が脳内再生される。

 天下無双って、言い過ぎじゃない、って最初は思ったよ。でも今日のライブを見せつけられたら、腑に落ちてしまった。


「ねぇねぇあきらちゃん」


 天下無双のアイドル様が同じシャンプーの香りを漂わせ、布団にもぐりこんできた。


「ちょっと」

「ライブの話しよ、晶ちゃん」


 甘えた調子の声で堂々と、むかつくほど愛らしい顔を見せつけてくる。


「別に、話さなくても、分かるじゃん。つなぎが……凄かったって」

「誰が凄いとかよりもっと具体的な話がしたいの。晶ちゃんは、ライブ楽しくなかった? 私はすっごい緊張して、楽しくて、ステージでみんなと一つになれた気がして……アイドルになりたいって気持ちが強くなったよ。晶ちゃんは、どうだった?」


 眩しい瞳、天性のアイドルを醸し出す。

 私は、焦っていた。

 同期で、同じ部屋で共に生活をして、他の人の倍以上練習しても追いつけない存在が目の前にいるんだから、焦りしか感じなかった。

 諦めも少しだけ、ある。


「別に……もっと、もっと頑張らないとなって思った」

「毎日遅くまで練習してるのに、これ以上頑張ったら倒れちゃう」

「そんなの分かってる、でも今の練習量じゃ、全然追いつけない……つなぎと隣に並んでアイドルになりたいのに」


 つなぎのことは嫌いじゃない。彼女は誰よりも楽しみ、そのために練習を惜しまない。

 彼女の努力を知ってるから、私程度の頑張りなんかじゃ全然足りないって思ってしまう。

 つなぎはどこか嬉しそうに微笑む。


「私はね、晶ちゃんのずっと先を走っていたいな、アイドルになった先もずっとずっと、だって並んじゃったらもう見てくれないでしょ。いつまでも私の背中を追いかけてほしい、私だけを見ていてほしい、だって晶ちゃんは私だけのアイドルだもん」

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