眩しすぎて推しを見失うドルオタの話
土井タイラ
ディストピアの綺羅星
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
夢の中で俺は、インターネット生配信を見ている。アイドルグループの新メンバー選考結果の発表だ。俺の推しの候補生・
俺は毎回、冷や汗びっしょりで目を覚まして、決まってこう思う。
――俺、涼夏に投票してよかったのか?
夢を見る回数は日に日に増えている。
1回目は土曜日。
2回目と3回目は日曜日。
4回目と5回目と6回目は月曜日。
7回目と8回目と9回目は、本日、火曜日。
これまでの規則に従うと、今日中に10回目を迎える。
どうして一日に何度も夢を見るかって?
寝不足だからだよ。
実際に生配信が行われるのは、明日、水曜日の11時だ。
アイドルグループ「ディストピアの綺羅星」、通称ディスピ、の新メンバーが発表される。推しの候補生の合否が気になって夜も眠れない日々が続いているんだ。
三十二歳のおじさんが、十五歳の女の子の言動に心をかき乱されている。
「シリウスはあたしだけ! 君の心を焦がしてみせます! 小菅涼夏です」
こんな傲慢としか思えないキャッチフレーズを自ら考えてきて、歌もダンスも完璧にこなす。ドールのような儚げなルックスでありながら、選抜合宿でのサーキットトレーニングを平然とやりきる。合宿中に他の候補生がホームシックになってしまった時には、優しく励ます。レッスン中はパーフェクトなのに、家事をやらせるとポンコツ。特に生卵を割るのが下手くそすぎる。
選考過程密着番組を見た俺は、ものの見事に涼夏に魅了されてしまった。今までディスピを箱推ししてきたのに。
「応援してくれるみんな、ありがとう! 憧れのディストピアに、涼夏を連れてってください!」
番組の最終回で、課題曲を歌い終えた後、涼夏はとびっきりの笑顔でそう言った。
選抜特設サイトで、俺は迷いなく涼夏の投票ボタンを押した。ファンが一人一回だけ押せる投票ボタン。一度押したら取り消しできない投票ボタン。
俺にできることはもう何もない。夜な夜な涼香の動画を眺め、ネット掲示板で繰り広げられる予想合戦を読みあさって、そうしているうちに朝を迎える。仕事中に眠気に負けて舟を漕ぎ、あの夢を見る。
今日の俺はあまりにも顔色が悪かったらしく、上司から受診を勧められてしまった。
どうにか退勤時間を迎え、とぼとぼと帰路につく。幸い、俺の勤め先は水曜定休だ。明日はゆっくり午前中の結果発表を見られる。
満員電車に揺られ、いつものコンビニでいつものレモンサワーとつまみを買って帰る。狭いキッチンで雑なパスタを作って腹に流し込み、ソファに腰かけて缶のプルタブを開けた。
ディスピは2年前に結成された。恋愛禁止は当たり前で、ピアス禁止、染髪も禁止。統一されたメイクと髪型で、制服を身にまとい、一糸乱れぬダンスと歌唱を売りにしている。実際、テレビの生パフォーマンスにも耐える実力がある。ドルオタの中では努力のグループとして知られている。
厳しい規律の中でも和気あいあいに見える彼女たちに惹かれた。特定のメンバーではなく彼女たち全員、すなわち綺羅星全員を応援していた。
なのに。
自分のことをシリウスとか言っちゃう子に、一票を投じて良かったのだろうか?
選考番組での小菅涼夏のバケモノぶりはファンの垣根を越えて話題となり、このグループを知らなかった層にも「ディストピアの綺羅星」の名前を浸透させている。
おそらく、投票数ぶっちぎりで一位になるんだろう。
――あの笑顔のディストピアを壊すような行為に、俺は加担してよかったのか?
* * *
午前11時の5分前。
俺は、寝汗も緊張もなくすっきりと目覚めた。
ソファの下を見ると、半分だけ飲んだレモンサワーが一缶。冷蔵庫の中の他の酒は未開封のままだった。少量のアルコールがちょうどいい寝酒になったようだ。
さて。生放送を見るか。
スマホで、特別番組用のURLをタップする。
<御覧いただきありがとうございます。本放送は終了いたしました。アーカイブをご利用ください>
あれ? おかしいな。俺のブックマークが間違ってたかな?
ディスピの公式サイトから生放送へ飛ぼうとした俺は、そこで全てを察した。
<ディストピアの新星、小菅涼夏! 加入第一弾ライブ開催決定!>
今日、木曜日だ……。
やけくそになった俺は冷蔵庫から冷えたビールを取り出して、あおった。
選考結果発表番組のアーカイブを視聴する。
俺の両目に涙がこみ上げる。
番組の最後に、ディスピの代表曲が披露される。
新メンバーをセンターに据え、初期メンバーがわきを固める特別フォーメーション。
俺はすすり泣く。
自称シリウスより、周りの綺羅星の方が圧倒的に輝いていた。
そうだ、一つ一つはシリウスより弱くとも。
もう10回目の夢は見なくていい。
眩しすぎて推しを見失うドルオタの話 土井タイラ @doitylor
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