天下無双のダンスは布団の上で

鋏池穏美


 ──なんたって天下無双だからね。宗茂むねしげ君は。


 そんな彼女の言葉に、何度励まされたことか。今日も行ってらっしゃいのキスをして、僕はこの会場、世界的なダンスグループ、Unrivaledアンライバルドの新規メンバーオーディションにいる。一年に一度、新規メンバーのオーディションを行っているUnrivaled。結成から五年で初期メンバー三人から七人に増え、今年の八人目でオーディションはいったん終わる。


 ──もう、宗茂君のためにあるようなグループじゃない? 無双、しちゃいなよ。


 そう彼女に言われたのは二年前。比類のないという意味が込められたUnrivaled。僕の名前の由来である武将、立花宗茂は天下無双と呼ばれていたが、同じような意味に運命的なものを感じてしまう。だが去年はオーディションに落ち、今年がラストチャンスとなる。

 

―――


 会場のざわめきが遠く聞こえるような、押し潰されるような重圧。動画での一次審査を通過したダンサーたちが、緊張と興奮を滲ませながら順番を待っていた。一次審査を通過したのは僅か十人。順番に個室へ呼ばれ、パフォーマンスを見せる。僕の番は最後だ。


 次々と呼ばれ、項垂れて戻ってくるダンサーが数人いた。おそらく不合格を告げられたのだろう。求められる領域に達していない場合、その場で不合格を告げられる。去年の僕が、それだ。


 しばらくして個室へ呼ばれ、僕の審査が始まった。課題の楽曲が流れ、身体が自然と音を捉える。もう何千回、何万回と繰り返してきた動き。けれどそれではだめだ。去年は「魂が入っていない」、「狂気的な感情が足りない」と曲を止められた。動きに魂を乗せ、ある種の狂気を内包させ、比類のない天下無双のダンスを。


 審査員たちは食い入るように僕のパフォーマンスを見つめていた。振り付けの正確さではない。僕が創り出す「何か」に引き込まれているのが分かる。この日のために血の滲む努力をしてきた。やれることはすべてやった。彼女に励まされ、前だけを見続けた。


 パフォーマンスが終わり、訪れた静寂。審査員の一人が僕に近付き、「去年とは比べられないほど成長したね。この場で伝えるのは異例だけど、合格」と告げた。喉がひりつくほどに息を吸い込んで、思わず噎せてしまう。そんな僕の様子に、審査員が笑った。


―――


 オーディション会場を後にし、彼女が待つ家へと急ぐ。どの駅からも遠く、徒歩で二十分はかかる狭いマンション。二人で住むには手狭だが、引越しをするお金はなかった。ダンスに明け暮れ、アルバイト暮らしだった僕のせいだ。


 だけどこれで、彼女に窮屈な思いをさせないで済む。広いマンションへ引越し、新たな生活を始められる。愛する彼女と二人、幸せな未来を──


―――


 部屋へ入ると、カーテンの隙間から夕陽が差し込んでいた。布団の中、淡く照らされた彼女に「ただいま」と声をかける。


 布団をめくり、彼女を抱き起こした。体温のない、冷たい体。「合格したよ」と彼女の耳元で囁き、細い首筋に唇を寄せる。僅かに香る死臭が、鼻を抜けた。


 兄の彼女、天華てんか


 天華はいつも僕に優しかった。褒めてくれた。大好きだった。


 ──なんたって天下無双だからね。宗茂君は。お兄さんそっくりだよ。

 ──もう、宗茂君のためにあるようなグループじゃない? 無双、しちゃいなよ。お兄さんも喜ぶって。


 ただ、いつもいつも兄を引き合いに出された。僕だけ見ていて欲しいのに、天華は兄を見る。Unrivaledのオーディションに合格すればこっちを見てくれると思ったが、去年は落ちてしまった。足りないのは「魂」だと、「狂気」だと言われた。


 ──お兄さんと結婚することになったんだ。これからもよろくね、宗茂君。


 僕の魂が叫び、狂気が溢れた。


 天華は僕の、ものだ。

 

 一通りの防腐処理を施したが、崩れていく天華。だけど僕の気持ちは変わらない。愛してるよ、天華。たとえ君が骨だけになろうと、愛している。君がいるだけで、僕の励みになるんだ。


 僕は肉の崩れる天華を抱いたまま、静かに揺れるリズムを刻む。


 天華との甘い日々を夢想し、ダンスを披露する舞台は布団の上。



 ──天華夢想天下無双のダンスは布団の上で(了)

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天下無双のダンスは布団の上で 鋏池穏美 @tukaike

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