第2話 新しい“フィールド”に就いて……

 3か月の試用期間を過ぎ、初めて担当として持たされた太桂屋たけやさんはそんな商店街の中にあった。

 太桂屋さんの社長はこの業界の……顔役で厳しい人だ。専務は社長の奥さんで美人だけどお店に立つタイプでは無い。結婚前は丸の内でお勤めしていて……当時、外商で出入りしていた社長が見初めてプロポーズしたらしい。

 専務が私達セールスと話す内容は専ら“違算”についてで……若い男の子のセールスには寛容だがオジサンや女には手厳しい。この事は担当になってすぐに判ったので……前に担当していた乾課長(私の上司)がほったらかしにしていた違算処理を真っ先に行い、折り目正しくしていた。


 次に担当として持たされた平野屋さんは住宅街の中にあるお店で、三階建てのビルの中に店舗と倉庫があった。隣がファミレスなので、私はしばしばファミレスの駐車場に車を停めて、そこから台車で商品を運び納品をしていた。

 その様子をたまたまファミレスで食事をしていた平野屋の奥様(彼女が実質の決裁者だった)に見つかってしまい、私は平謝りしたが

 奥様から「実はここの土地もウチの所有なの!売り買いの商売だけじゃなかなかやっていけないからね」と大らかに笑って許してくれただけでは無くランチまでご馳走になってしまった。

 本来は逆に接待をしなければならない立場の私が……得意先でご馳走になったのはこれが初めてだった。

 平野屋の奥様とは趣味が合って話が盛り上がり、商品のレイアウトのやり方のご教授から始まって……一緒にお出かけする程の仲になり、映画館や美術館、はたまた観劇まで連れて行って下さった。

 その内の何割かは経費で落とす事ができたし、平野屋の奥様にはこの方面でも色々とお世話になり、私も少しはセンスと知識の幅を拡げる事ができた。


 もし私が男だったらこうはならなかっただろう。

 異業種に来て初めて、私は『女で得する事』と指折り数える事ができたのだった。

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