虎は死して……

青切 吉十

虎は死して皮を留め、人は死して名を残す

 「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」ということわざがある。

 「虎は死んだ後もその皮が珍重され、偉業を成した人は死後もその名を語り継がれる」、という意味だ(明鏡 ことわざ成句使い方辞典)。日本では鎌倉時代の「十訓抄」、中国では北宋の「王彦章画像記」にこの言葉が出てくる(「王彦章画像記」は虎ではなく豹)。

 しかし、死して名を、遠い後世に残すのは、たいへんむずかしい。



 中国に、李広という武人がいた。

 史記(歴史書)において、歴史家の司馬遷が天下無双と謳った彼を、いま、どれだけの者がおぼえているだろうか。

 原泰久さんがヤングジャンプで連載中のマンガ、「キングダム」の主人公の(おそらく)末裔であり、中島敦「李陵」の主人公の父親である。

 李広自身も、前漢の皇帝三代(文帝・景帝・武帝)に仕えて、対匈奴戦で戦功を挙げた。

 しかし、いま、この二千年以上前の時代を生きた武人の名をおぼえている者はすくない。



 英国に、ジョージ・ダンスという建築家がいたが、いま、どれだけの者が彼をおぼえているだろうか。

 ダンスは、イタリアで学んだあと、父の跡を襲い、ロンドン市建築官となり、新古典主義的な作風の建築物を建てた。代表作に、オール・ハローズ聖堂、ニューゲート刑務所、王立外科病院がある。

 しかし、いま、この二百年前の時代を生きた建築家の作品はひとつも残っておらず、彼も忘れさられつつあるらしい。



 日本に、田山花袋という作家がいたが、いま、どれだけの者が彼をおぼえているだろうか。

 尾崎紅葉の門下生であり、「蒲団」で日本自然主義文学の性格と方向を定め、島崎藤村と並ぶ自然主義文学の代表的な作家となった。

 しかし、いま、この百年前の時代を生きた作家の名をおぼえている者はすくない。その作品を読んだ者はどれくらいいるだろうか。



 それぞれ、与えられた環境で一所懸命に戦った三人の才人たち。

 生きていた時代に輝いていたそのなまえは、いまや、忘れ去られつつある。

 虎は死して皮を留め、人は死して名を残す。

 しかし、死して名を、遠い後世に残すのは、たいへんむずかしいことなのだ。



※ジョージ・ダンスおよび田山花袋については、「ブリタニカ国際大百科事典」を参照した

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