第39話

「おー。」


勝村が私を見つける。


「ごめん、待った?」


「待ってない。」


「待つわけないな。私、買うもの決めてたもん。」


わたしより早いとは、勝村も買うものを決めていたのか、それとも適当に買ったのか。


「せーのでだすよ。」


「せーのっ!」


勝村が出したのは、この店のラッピングではないラッピング。これは…


「ラピシア‥?」


「うん。ちゃんとここで買ったのも入ってるよ。」


「もとから用意してくれてたってこと?」


「‥たまたま、昨日ラピシアに行って、なんか、平倉さん、紅茶好きだよな、って思って。」


「そうなんだ。」


「‥開けるのはあえて帰ってからにしますか。」


「なんでだよ。リアクション見たいじゃん。」


「…じゃあ、開けて良い?」


「‥うん。」


袋を異様に丁寧に開封していく。


袋の中を見た瞬間、表情はあまり変わってないけど、嬉しそうな雰囲気が滲んでる。


「ありがとう。」


「こちらこそ。」


「・・・。」


「あっ、わたしも開けて良い?」


「…どうぞ。」


アッサム茶葉とシンプルな付箋。


「このファンシーなお店で良くこんなシンプルなの見つけられたね。」


「犬派か猫派かも分からなかったから。シンプルで可愛いものにした。」


「そっか。んー、わたしは犬派かな。従順で、愛嬌がある。」


「私も。柴犬ってすごく可愛いと思う。」


「勝村は猫っぽいけどね。」


「良く言われる。」


「私、猫も好きだよ?」


「ふーん。」


そっけない。勝村のこと好きだよという意味をうっすら込めたつもりだったのに。

話が止まったので、違う話を始めよう。


「…鼻スラムってティッシュが発売されたじゃん。鼻セレブは甘いけど、鼻スラムはどんな味するか気にならない?」


「‥気になる。」


「良かった。」


ポケットから鼻スラムを取り出し、つまみ取る。2枚とれてしまった。


「口開けて。」


「・・・。」


眉をしかめつつも、勝村は素直に口を開ける。その口に手に取った鼻スラムを全て入れ込む。どう考えても異常。だけど平然を装って。


「‥どう?」


「かたいへど味はしない。」


「ふーん。」


「くちんなかに張り付いてる。ちょっとお手洗いに行ってくる。」


「私も行く。」


勝村は顔をしかめている。口に詰められたティッシュが気持ち悪いんだろうな。やった責任は取らないと。


勝村は洗面台にティッシュを吐き出そうとする。


「ちょっと待って、そこに吐いたらつまるくない?」


「…鼻スラムって水に流せる?」


「あー、流せないわ。あっ、でも大丈夫。私に任せて。」



トイレの個室に入る。個室に入るのは、一瞬躊躇した。なんとなく、個室に2人というのは、いけない気もする。まあ、この状況はチャンスかもしれない。しれっと鍵を閉める。


そして私は、トイレットペーパーを手に取り、


「口開けて。」


戸惑いながらも素直に開ける。そこに躊躇なく指を突っ込む。

大きいものを取ったあと、細かいものは、口の中を爪で引っ掻かないように、指の腹で丁寧に取っていく。

爪が使えないのは不便で、どんどん奥に入っていく。


「ちょっと中腰しんどくなったから、位置変えるね。」


便座の蓋に腰掛け、勝村を膝の上にのせる。

顔と顔との距離が近くなる。私も勝村も、たぶん緊張している。


その緊張を忘れるようにティッシュ取りに集中する。ティッシュを追いかけて上顎の歯と歯茎の間を撫でるようにさわったとき、勝村がビクッとした。

もう一度撫でると、ぎゅっと我慢するように顔と腕に力が入った。その顔を見ていると、眉はしかめたまま、ゆっくり開いたその目には、うっすら涙が浮かんでいた。


二次創作で見た表情。画面で見たときは、そうでもなかったのに、実際目の当たりにすると、興奮してきた気がする。


勝村は、ゆっくりと口を閉じ、私の指を噛んだ。痛くない。


「どうしたの?」


「あごがつかれた。」


「ごめん、ずっと指入れっぱだったね。」


「・・・。」


その顔で私の指を咥えたまま見つめないでほしい。もっと意地悪したくなる。

幸い、私の左手は塞がっていて、なにも出来ない。塞がっていなかったらどうしていただろう。

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