第11話 拾われ猫と過去
side:平倉
雨のなか、猫を拾った。
そんな感じだ。と思った。
猫とか本人に言ったら、もっとかっこいいのが良かったな、と言いそう。
意外とそういうところがあるんだよね。そういうとこも愛おしい。と思いつつ、おとなしく拭かれている、勝村を眺める。
さっきまで少し反抗ぎみだったのに、諦めたのか、疲れたのか、おとなしくしている。濡れた長い前髪の間から伏し目がちな目元が見える。
「大丈夫?」
頬に触れるとひんやり、しっとり、もっちりしている。
「…寒いし眠い‥」
いつもより小さい声。これは‥ちょっとまずいかな、暖めた方がいいよね? でも、人の布団は濡らすわけにはいかない。暖房もこの部屋にはない。というか室温ならはばすでに暖かいくらいだろう。
ということで!仕方なく後ろから抱き締める。
勝村の全身から、湿り気と冷たさと程よい筋肉の固さを感じる。鍛えてるんだね。
「…いい匂い。」
勝村が呟いた。
どう反応すればいいか分からないので、あえて、何も言わない。
ただただ、そのままでいた。
side:勝村
手を煩わせてはならないと、自分で拭くと主張したが、結局平倉さんに拭いてもらってる。されるがままだ。
「・・・」
「・・・」
珍しく、平倉さんが何も言わない。
・・・寒いし眠いし寝よう。
と思った。すると、平倉さんは、
「大丈夫?」
と心配そうな声色で聞きながら、ほっぺに触れてくる。平倉さんも冷たいが、私よりは暖かく、さらさらしてて頬をすりよせたくなった。残念だけど手はすぐ離れた。
「…寒いし眠い‥」
と言うと、なぜか、急に後ろから抱き締められた。柔らかさより骨を感じる。そして、安心する。
そのまま眠気に誘われ、目を閉じる
…いい匂いだ。
side:平倉
勝村に詳しく話を聞くつもりが、それを思い出したときには、勝村は寝てしまっていた。
腕のなかに、穏やかな寝息を感じる。許そう。
自分の呼吸が眠りをじゃましてしまわぬよう、ゆっくり呼吸する。爽やかな匂い。
ふと、勝村の、前髪越しの目を見て、少し前の記憶が駆け足で戻ってくる。
小学校6年生のとき、
勝村は1組、私は6組だった。
6年1組といえばギャル3人衆と問題児の大門寺のいたクラスだ。
担任はその4人をみることに熱中しすぎて、他の生徒がおろそかになった。
そのせいで、他の生徒もだんだん荒れ始め、学級崩壊が起きた。
それでも、1組の掃除担当場所であるトイレや、給食の牛乳パックの後処理に問題が出て、異臭騒ぎが起きることはなかった。
それは、勝村が頑張ってたから。ペアの人や班の人が仕事から逃げても、時間が足りなくても、黙々と最後までやり遂げた。
‥まぁ、そのせいで担任以外の先生が、見て見ぬふりをして、対応するのが遅れたのかもしれないが。
ある日、トイレからえずく声と液体が液体に流れ落ちる音が聞こえた。
心配になってその子が出てくるのを待って、話しかけた。
「ねぇ、大丈夫?」
「…だひ ぞごぅ」
のどに胃液のダメージが入り、うまく声がでないらしく、彼女はうがいを試みた。
「…おえっ」
自分の手から腐った牛乳の匂いがして、うがいすら出来ないようだ。
ここは最近建った校舎なので、水の出る方向を上向きに出来ない、蛇口の下に頭を突っ込むことも出来ない、おしゃれなタイプの手洗い場だ。手を使わなければうがいできない。
「…手、貸そうか?」
軽く睨まれた。 と思い、あとずさりしかけたが、いま思うと、借りて良いのかと考えていたのだろう。
彼女はうなずいた。
私は、両手で水をすくい、彼女の方に寄せる。
私はさながら英雄に水を捧げる女神。
とはほど遠いものだっただろうが、うがいをした後、上体を起こしながらこちらを見る、さらさらの長めの前髪から透けて見えた彼女の目は最近みたアニメの、ギリシャの英雄のように凛々しく、力強い美しさがあった。
私は思わず、手に残っていた水をこぼしてしまった。
「あっ、拭かなきゃ、雑巾持ってくるね!」
「…大丈夫 ここにあるから。」
私は掃除ロッカーはトイレにはないと思っていた。見当たらないし。教室から持ってくる形式かと。
彼女は床を開けた。そんなとこ開くんだ。掃除ロッカーなんだ、すごいな建築家。
「えぇっ、そんなところが掃除ロッカーなんだ! なんで知ってるの?」
「3日前から、ここ担当だから。」
掃除場所は毎週変わる。
「確かに前よりちょっときれいな気がする‥ 1組にも、真面目な班が残ってたんだね。」
勝村は少し変な顔をして、うなずいた。失礼だったか。いや、ちがうな。「…もしかして一人でやってる?」と聞こうとしたが、彼女は、武士のような礼をして、教室へ戻っていった。
掃除時間、班の人にはトイレと偽り、いや、偽ってはないけど。
休み時間に出会ったあの子の様子を見にいった。
あの子は、一人で床を拭いていた。
ここはタイル床のトイレのように、水を流すことができない、フローリングのトイレだ。
だから床を拭くのは何も特別なことじゃない。
ただ、便器磨いて、床拭いて、流しを洗い、ごみを捨てる、これらを全て一人でやってるんだな…すごい。
あの子がこちらに気づく。
端の個室を手で示しながら、言う。
「…どうぞ。」
どうやら、トイレに行きたいが掃除中なので遠慮してる人だと思われたらしい。そうではない。
ではないんだけど、なんで来たのかも、何て言えばいいかも分かんない。
仕方なく、本当にトイレに用事があることにして、個室にはいる。洗剤の爽やかな匂いがする。丁寧に掃除したばかりなのだろう。申し訳ない。
せっかく個室に入ったので、考える。
この子はこのままでは報われることはないだろう。
こういう、悪いことはせず、目立たず学級を支えている子に目を向けられないような担任だから、学級崩壊するのだ。
私が先生に伝えたところで、忙しさに流されて何も起きない。
中学生の今ならもっと何か出来ることが思い付いたろう、小学生の私は、何もせず、そのまま放置したのだった。
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