第7話 中庭で

talked by:勝村

火曜日は、職員会議のため、5時間下校。さらに、部活が休みで、普通は早く帰れる。

しかし、出し忘れた提出物があったため、周りより少し遅れて帰る。

中庭を通って帰ろう。

中庭は、なぜか全員やる気に満ち溢れた園芸部が、一日も欠かさず手入れを行い、緑豊かで心地が良い。遠くから、ふわふわした声がする。


「かーつむら!こっち、おいで~!」


園芸部の山下さんが残っていた。

山下 美姫さんは、平倉さんの友人だ。おっとりしてる人で、生まれつきの明るい髪色に白いはだ。そばかす。全体的に色素が薄く、体型もふっくらしてるので、ゆるふわなしゃべり方をしても全く違和感がなく、ぴったりだ。


なんだかご機嫌な山下さんはなにかを後ろ手に隠し持っているようだ。


「手、出して。」

 左手を出す。

「違う~」

 右手を出す。

「両方!」

 そうか、両手か。


ガチャン。ガチャン。


私の両手に手錠がはめられた。

物理的に捕まったのは初めてだ。


「おりゃぁっ」


 山下さんは、絶対に本気じゃない、かわいい掛け声と同時に私の肩を軽く突き飛ばした。

よろけたが倒れることはなかった。

地面はグショグショだ。ここで倒れたら明日着る制服がないな。

と考えていたら、


「そりぁー!」

「だぁっ!」


山下さんに足を掬われ、勢いよく倒れ、開校記念の石像に勢いよく背中をぶつけ、小さい水溜まりにお尻が落ちた。冷たい。ちょっと痛い。じっくり服に水が染み込む。

 すぐさま立ち上がろうとするも、水溜まりが地味に深めで、地面もぬかるんでて、出来ない。諦め。


「ごめん、ひどくするつもりはなかったんだけどぉ。一発目で倒れてくんなかったから。」


まぁ、過ぎ去りしことはしかたない。


「…この手錠って学校に持ってくるべきではない不要物だよね。なんで学校に持ってきたの。」


本当に驚いているようなのに、ゆるふわな口調と声で、


「えぇ? 気になるのそこなんだぁ! それはねぇ、演劇部に借りたんだよぉ。だから、みーが持ってきたわけじゃないよぉ。」


山下さんが私を捕まえるためだけにこの手錠を買ったのならば、破壊して帰ろうと思ってた。演劇部のものは壊せない。


「あ~ なるほど。勝村、壊そうか迷ったんでしょう。 演劇部に借りといて良かった。 さっすが、みー!とみーの人脈!」


と、私の思考を読んだようなことを言いながらゆっくりこちらに歩いてきて、私に馬乗り状態になる山下さん。スンっとなにかを落とすように表情を消した。


「でさぁ、勝村。 こんっな弱々しい姿見せないでよ。」


私の頭上で山下さんの右手が、私の左手と恋人繋ぎになる。私はバンザイの状態だ。放された、と思ったら、山下さんの手はつつーっと私の手のひらと手首を滑り落ちてゆく。くすぐったい。


「‥君がここで、『離せ。』とか、いつもの冷たい声でいってくれたら、みーもあきらめられるっていうか、手を引くのに。」


いつもの声を出せるように、意識して伝える。


「…何を諦めたいのか分からないけど、大体のことは諦める必要はないと思う。」


山下さんはイラッとした顔をしながらも私の首を撫でる。なぜ手を止めないんだ。気持ちいい。


「‥一度してしまったことは、インターネットでしたことじゃなくても消せないし、変わった人の心は、もとになんか戻せやしないよ。」


といつもと違う冷たい声で言う。


「…確かに。」


「いや、もっと慰める努力しろよぉ。」


そんなこと言われても。


「…でも、私は今、特になにも思ってない。」


山下さんは少し戸惑ってあきれたような顔をした。空には、変な鳴き声の鳥が鳴いている、そいつのせいか。

山下さんは大きく息を吸って、


「はぁ? 放課後にたいして親しくもない人に手錠をつけられ、突き飛ばされ、足を引っ掛けてみずたまりに落とされ、変態ちっくなさわり方をされ、謎の気持ちをぶつけられてるのに!? もしかして、変態!?」


失礼だな。取りあえず、先に話したいことを言う。


「したことは消せないけど、その行動が与えた影響は、あなたが思っているほど、大きくはないかもしれない。」


山下さんはまたあきれたような顔をしている。もう、鳥は泣き止んでて、絶対に鳥のせいじゃないことが確定した。


「気にしてないの、あんただけだと思うけどね。私の優は気にしいで、繊細なんだから。」


優… 平倉さんのことか。


「‥なのにあんたといるときは違う顔になるの。 優には、甘えて欲しいの。普段いろんな所に気を遣って、みんなを支えて、頑張ってるの。優は。 だからさ、ちゃんとしてよ! ハイスペのくせに、出来ないふりや、やる気なさそうな態度とるのやめてよ! こんな簡単に弱々しくならないでよ!」


辛そうな顔で一気に叫んだあと、雲が太陽に被さる位置に移動し、いっそう暗くなった悲しげな顔で、


「私には‥ 出来ないから。 出来なかったから。 朝起きることすら出来ないし、授業中も寝ちゃうし、夜中は寂しくて電話かけちゃうし。 精一杯、頑張ったの、せめて優の前では完璧でいようって。

でも、疲れて、勝手に優に怒っちゃったの。 どうして、どうして、うぅ‥ ふっ‥優はすごく優しいのに‥」


山下さんはついに泣き出してしまった。 私はどうすればいいか分からない。話も理解できなかった。やべえ。それでも何か言わねば。


「…朝起きれない遺伝子があるらしくて‥」


「…ハァッ?」


山下さんはあきれたような顔ではなく、こいつなに言ってんだの顔をする。それでも続ける。


「‥それは、かつて夜中に見張りをしてくれていた人から受け継いだ遺伝子なんだって。 だから起きれないのは仕方ない。むしろ人類がここまで歴史を紡いできたのは、夜中に見張りをしてくれていたひとのおかげなのだから感謝されるべきことなんじゃないかと思う。 寂しくて電話するのも、人によってはありがたいと思う。」


山下さんが、震えながらも冷たい声で、


「‥何いってんのか、わっかんないんだけど。」


と言う。私も分からない。 

私は、普段絶対しない、きゃぴきゃぴした女子の声で


「えー! 奇遇~ 私も~!」


と返すと、

山下さんから何か、悪いものが、消えた。にかっと笑って。


「ふふっ、似合ってないことはするもんじゃないね。」


と、可愛くつぶやき、可愛く走って帰っていった。

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