9は、久
三門兵装 @WGS所属
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
私は黒が嫌いだ。彼との記憶が、嫌でも蘇るから。彼の想いが見せる幻影が、私の脳裏にちらつくから。
夢の内容は毎回違う。つっけんどんな態度を取ってくる時もあれば、どこまでも優しく私を包んでくれる時も。けれども一つだけ、同じこともある。
『私は貴方の横にいられなかったようです』
夢が終わるとき、彼は必ずそう言い残すのだ。皮肉げに、そして少しばかり寂しげに。ほかの何言も、彼は語らなかったというのに。
初めて夢を見たのは、彼が事故のせいでこの世からいなくなってしまったのだと聞いた夜。
夢の彼は頬をひくつかせながら、けれどもどこか心ここにあらずなふうにずっと手を握りしめてきた。
翌日のお葬式、それはそれはいろいろなことが起きた。遺書に基づく遺産の振り分けに、彼の遺書の代読。
後から来た知人に聞けば、彼の働いていた会社では数日前に不祥事があり、あと二週間もしないうちに解体される運命だったのだという。
話を聞くに、彼は崖沿いの道に飛び出した少女を助けて、そのままやってきた車に弾き飛ばされて、弾き飛ばされた先の海で溺れ死んだのだという。
彼らしい、そこまでも優しく、馬鹿らしい死に方だった。
もう一度夢を見た。それは初七日の前夜、心にぽっかりと穴が開いたかのような喪失感が私を襲った夜。
彼は、うなされる私に寄り添うようにして、そっと微笑んだ。
夢を見るのは、決まって彼の法事を明日に控えた夜だった。
それからも私は夢を見た。それは法事を迎えるたびに、ずっと。
貴方を思い出して辛いのだと訴えようと、じゃあねと言って分かれても、ずっと。
今日は彼の23回忌である。ねぇ、貴方。私たちの娘たちはもう成人してしまいましたよ。世代交代も、きっともうすぐ。
昨日、夢の中で彼とそんなことを話した。老いることのない彼に対して、私はもうおばあさんの域に脚を突っ込んでいる。
彼は私が夢から覚めようとした時、彼は私の手をがっしりと握って引き留めた。そして、大きく、深い慟哭とともに、私をあの時の様に抱きしめた。
何事も語ることのなかった彼の、久々に見た人らしい欠片は、私に終わりを悟らせて、儚く散った。嫌でも人は、目を覚ます。
あの夢を見たのは、これが9回目。
新婚旅行で訪れた中国で9と言えば、久と書いて永遠を意味するのだという。
夢に9度現れた貴方は、これで私の心に永遠と残り続けるとでもいうのだろうか。
ねぇ、ずうっと私の前で笑っていた貴方は、幸せだったんですか?
9は、久 三門兵装 @WGS所属 @sanmon-3
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