暗がりから明るみへ
翌週の月曜日。結梨は隣町に引っ越した。
新しい家の自分の部屋で、開いた窓から外を見ていた。
新しい住居は、住宅地になっていて見渡す限り家々が広がっている。
結梨の家から、左に行ったところに公園が見えた。
小学生くらいだろうか、小さな女の子達が遊んでいる。
(もう、夕方なのに元気だなぁ)
結梨も同じくらいの時は、さくらや友達と公園で遊んでいた。
それがなくなったのは、いつだったか。
気がつけば、公園で遊ぶこともなくなっていた。
最近はさくらと出かけることもなくなった。
以前は、買い物や遊びに行ったりしていたのに。
(…静かなところだな)
時間帯が夕方だからなのか、それとも子どもが少ないのか、わからないけれど静かだった。
聞こえてくるのは、道路を走る車の音と1階から聞こえてくる両親の話し声と物音だけだ。
とても、穏やかな場所に感じる。
先週まで住んでいたあの、薄暗い場所とは大違いだ。
窓側から離れて、最後の段ボール箱を開ける。
そこには、前の学校の制服と教科書、体育館シューズなどか入っていた。
(制服は…捨ててもいいのかな)
結梨が引きこもってからは、家族の誰も学校のことは口にしなかった。
無理やり、学校に行かせたくなかったのだろう。
(だけど…)
震える手で制服を取り出し、スマホを引き寄せた。
近隣に通信制の高校がないか調べ始める。
ーこのままじゃダメだって、わかってるから。
心配してくれている家族のためにも、決めなくてはならない。
(そのまま働くのもアリだけど、引きこもり期間が長すぎて…)
しばらく調べていて、あるサイトに目が止まった。
◯qb2高等学校。住宅街の近くだ。
こんなに近くに通信制の学校があったなんて。
目を丸くしながら、◯qb2高校のサイトをタップする。
前高校の学期途中の場合でも、編入試験を受けることができる。
尚、受験内容は面接、書類選考とする。
週に1回の登校で良いが、入学式や始業式など式典には参加すること。
必修科目は必ず取得すること。もし、取得不可能な場合は、レポートで代用すること。
ボランティアやレクリエーションなど、特別授業を取れば、単位が多く貰える。
必修科目の単位が足りない場合、進級後もその科目は継続とする。
夢中でサイトに見入っていると、突然、ドアが開いた。
「結梨!?」
「わっ!?…お母さん、びっくりした…ごめん、呼ばれてたの気づかなくて」
「私もごめんね。何か、調べていたの?」
「うん…少しね」
「そう?これから、紗也ちゃん達とご飯行くことになったよ」
「さやちゃん達と!?やったー!すぐ降りるね」
母がドアを閉めたのを確認して、窓辺に歩み寄る。
◯qb2高校は、どの辺りにあるのだろうか。
窓を閉めて鍵をかける。
家族を待たせないように、急いで階段を駆け降りた。
「美味しかったねー」
「ナツ、ご馳走様でした」
「いいのよ〜、こちらこそ、ありがとう」
母と叔母が話しているのを横目に、結梨はキョロキョロと辺りを見渡していた。
もう、薄暗い時間だというのに、猫がウロウロとしていたのだ。
迷い猫だろうか。
少し近づいて、街灯の下にいる2匹の猫を見る。
2匹とも首輪をしていなくて、毛並みはボロボロになり、目も半開きだった。
「野良かな…」
「そうだと思うよ。この辺りは猫が多いんだけど、野良も多いの」
「そうなの?」
隣にしゃがみ込んだ紗也が頷く。
確か、彼女の家では猫を飼っていた。
引きこもる前に見せてもらった写真を見たことがある。
昔は子猫だったのに、いつの間にか大きくなっていて驚いたのを覚えている。
(紗也の家なら、飼えないかな)
そう考えていて、ブンブンと頭を振る。
ダメだ。野良猫は勝手に飼えない。
いつか読んだ本に、そう書いてあった。
もし拾った猫を飼うなら、先に病院に連れて行かないと行けなかったはずだ。
「お母さん…」
「そろそろ、帰りましょうか」
「行くよ、結梨」
さくらに言われて渋々立ち上がる。
隣にしゃがんでいた紗也が慰めるように肩を叩いてくれる。
「結梨。ウチにも猫いるし、今度見においでよ。今日はもお遅いからさ。結梨、猫好きでしょ?」
「うん」
街灯から目を逸らし、車窓を流れる景色を見ていた。
(紗也の家の猫…)
「ねぇ、紗也」
「ん?」
「みーちゃん、子猫産んだの?」
「そうだよ。沢山いるから、何匹かもらってよ。おばさん、いいよね?」
「もちろん。結梨も喜ぶわ」
「本当!?ありがとう、紗也」
それから家に着くまでの間に、紗也の家にいる子猫の話をした。
「三毛と白猫のミックスでね、すごく可愛いんだよ」
「楽しみ!…あ、紗也は明日学校?」
「うん。部活もあるから帰りは6時くらいかな」
「そっ…かぁ…」
眉を下げて笑う紗也から目を逸らし、両手を握りしめる。
当然だ。結梨だって前はそうだった。
頭の中に、家を出る前に見ていたサイトが浮かぶ。
(通信制のこと、よく知らないから調べてみないと)
今わかっているのは、◯qb2高校が編入試験を受けられることだけだ。
必要書類も、受験日もわかっていなかった。
「着いたよー」
「ほら、結梨、降りるよ」
さくらに促されて、車を降りる。
両親は先に玄関を開けて、入って行った。
「おばさん、送ってくれてありがとうございます」
「いいのよ。さくらちゃんも、ゆうちゃんも頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
軽く会釈して、さくらが家に入っていく。
結梨も後に続こうと車から離れた時、腕を掴まれた。
「?」
「結梨。何かあったら、ちゃんと話してね?」
振り返ると、紗也が眉を下げて笑っていた。
心配の色がその瞳にチラついている。
「…うん。わかった、ありがとう紗也」
紗也の手を握りしめて笑い返す。
少しの間そうしていて、玄関に向かう。
「結梨、お風呂入っておいで」
母に言われて、部屋に向かう。
上着を片付けて、着替えを片手に階段を降りる。
お風呂を済ませて、ベッドに潜り込んだ。
眠れなくて、スマホを取り上げる。
メモアプリを開き、通信制の制度について書き込んだ。
(…単位を取れば卒業できるのね。…3〜4年通うのか…うーん、私の場合は2年の途中からで入れるのかな…?)
スマホを置いて、目を閉じる。
学校に行かなくなったのは、6月くらいからだった。
(さっき調べたやつだと、1年の時の成績が足りてたら、いけるみたいだけど…)
確か、1年の時の成績は悪くなかったはずだ。
引っ越した後に、通信制の高校に移ることはできるのだろうか。
(でも、引っ越してくる前に通信制に移るなら、許可?相談がいるから学校に行かないと行けなかったんだな。…それなら、今は私の意思でいいんだ)
それなら、明日見に行ってみようか。
マップで調べたら案外、家と近いらしい。
見学はいつでも行くことができるようなので、申し込みだけしていれば大丈夫だろう。
(さっきのサイトで申し込んだやつだよね)
明日、母に聞いてみよう。
(紗也の家の子猫、楽しみだなぁ)
どんな子猫がいるのだろう。
可愛い子が沢山いるのだろうか。
紗也も楽しそうに話していたから、きっと可愛い子たちが沢山いるのだろう。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りについていた。
ー日の差し込む場所に、来れた。
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