深く、沈んだ思い

ドアをコンコンとノックする音で目を覚ます。

スマホを見ると、夕方の6時になっていた。

いつの間にか眠っていたらしい。

「はーい」

まだボンヤリとしながら、ドアに向かって歩く。

ドアを開けると、姉のさくらが立っていた。

「今日も、ご飯食べないの?」

遠慮がちにさくらに聞かれて小さく頷いた。

「お腹……空いてないから」

「そう…私も無理に食べろとは言わないわ。だけとね、結梨。あなたが辛そうにしてるのはもう見たくないかな」

「…うん。…心配してくれて、ありがとう…今はまだ話せないけど、勇気を持てたら…その時には…ちゃんと、話すね」

上目遣いにさくらを見ると、その顔には心配と悲しみがチラついていた。

昔から、結梨のことを大切に思ってくれているから話してくれないことが不安なのだろう。

結梨だって、さくらに話したいと思っている。

今はまだ、思い出すだけで辛くなってしまって言えないけれど。

「…じゃあ、そろそろお風呂入るね」

さくらに背を向けて、階段を降りていく。

「結梨!」

途中でさくらに肩を掴まれて、振り返る。

「…何?」

「今度、お父さんの天気が決まって引っ越すことになったみたいなの」

「え?…どこに?」

「隣町。ほら、司くん達の近所だよ」

「本当?いつ…?」

「来週の月曜日だって。…結梨の担任の先生から、電話がかかって来た時に、お母さんが転校手続きは済ませてあるって言ってたのよ」

目の前が、明るくなった気がした。

隣町に引っ越し。転校手続き。来週。

さくらの言った言葉が頭の中をグルグルと回る。

(…あそこから…出られる?)

それは、結梨にとって嬉しいことだった。

あの、糸が絡まったような苦しい場所から出ることができるのだから。

「…結梨?」

「ううん…何でもない」

不思議そうにしているさくらに笑ってから、脱衣所に踏み込む。

転校できるのが嬉しくて、口元がにやけてしまう。

さくらは何も聞いてこないけれど、きっと結梨が何に悩んでいたのか、何となくわかっているのだろう。

両親も、突然、学校に行きたくないと言った結梨に理由も聞かずに良しとしてくれた。

あの時、とても苦しいと思った。

人の感情は時に感動できるけれど、醜くて苦しいものもある。

それに耐えきれなくなってしまったのだ。

湯船に浸かりながら考えていると、胸の内にあった、黒い影が過ぎたような気がした。

それでも、クラスメイト達に覚えた違和感や感情が消えるわけではなかった。

さっきまで少し楽になっていたのに、また沼の中に沈んでいくような気分だった。

ー暗い感情を拭い去るのは難しいんだな。

脱衣所から出て、階段を上がる足取りがさっきよりも重く感じる。

(…溜め込みすぎたのかな)

部屋に入り、ベッドに眠り込む。

ここ2週間ほどずっと、寝てばかりだ。

ほとんど何も食べていない。

食べる意味を見出せず、沢山の感情の捌け口を見つけられない。

ーこれじゃあ、ただ逃げているだけだ。

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