猫がつないだ縁(お題:時計、雨宿り、猫)

 ドーム型のジャングルジムの中で雨宿りをしていた私は、小窓からそっと覗いた。

 時計を確認すると、16時10分。ジャングルジムに入ったのは16時くらいだった。雨宿りを始めて10分経つが、まだまだ雨は止みそうにない。

 急に雨が降り始めたから、急いでこのジャングルジムの中に入ったけど、空はどんよりとして分厚い雲が太陽を隠している。もう諦めて、走って帰ろうかなあ。

 濡れて帰るの嫌だなあと、考えていたら、パシャッと雨が跳ねた。だんだん近づいてくる。

 音がする方を見ると、段ボールを抱えた高校生くらいのお兄ちゃんが、素早くジャングルジムの中に入ってきた。髪から雨の雫がポタポタと垂れる。


「先客がいたんだね。一緒に雨宿りさせてね」


 私がこくん、と頷くと、お兄ちゃんはホッとしたように笑った。

 「みゃあ」と、小さな鳴き声が聞こえる。

 お兄ちゃんが抱えていた段ボールの中で、黒猫が身を縮めていた。窓の外で何かが動いた気がしたけど、猫の可愛さに夢中でそれどころではなかった。


「かわいい!」


 思わず声が漏れる。お兄ちゃんも同意するように笑った。


「なっ! 帰り道に見つけてさ。でも急に雨降ってきたから、まずは雨宿りと思ってここに来たんだ。濡れて寒くないかな」


 お兄ちゃんは猫をそっと持ち上げ、ケガがないか確かめた。黒猫はおとなしくされるがままだ。


「キミ、小学生だよね? ハンカチとかタオル持ってない?」

「あるよ! たまたま使ってないやつ」


 ママが持っていきなさいと言ってくれたタオルだ。ランドセルから取り出し、お兄ちゃんに渡すと、猫をそっと包み込んだ。


「でも、どうしよう……。うちで飼えるか分からないのに」

「えーっ、このままにするの?」

「だよなあ……。昔、猫を飼いたくてお願いしたことあるけど、その時は妹がまだ小さくてダメだったんだ」


 お兄ちゃんは、「勝手に連れて帰ったら、怒られるかなぁ」と、ぶつぶつ言いながら悩んでいた。

 私もママに「猫飼いたい!」と頼んで、「お世話できないでしょ!」と怒られたことがある。お母さんに怒られるのは怖いし、嫌だもん。怒られるかも、と思うとすぐに行動できないのは、お兄ちゃんも一緒みたいだ。

 お兄ちゃんは、外の時計をチラッと見た。


「もう16時過ぎたのか。母さん今日夜勤があるから急いで帰らないと。勝手に連れて帰って、後で怒られたり元の場所に戻して来いって言われたりするのも嫌だし。怒られるのを覚悟で連れて帰る。もう中3だし、ちゃんとお世話するってお願いしてみる」

「覚悟は立派だけど、まずは動物病院に行きましょうか」


 不意に、知らない声がした。

 私とお兄ちゃんは驚いて振り返る。


 そこにはきれいなお姉さんがいた。

 お姉さんはジャングルジムの壁にもたれながら、楽しそうにニコニコと笑っている。

 え? いつの間にいたんだろう?


「あ、わりと最初からいましたよ。ふたりが猫に夢中になってただけで」

「最初から?」

「たぶん、キミが猫を『かわいい』と言ったあたりから?」


 全然気付かなかった。忍者みたいですごい!

 お姉さんはイタズラっぽく笑う。


「この近くに時計台動物病院があるの知ってますか? 入り口のあたりに、学校みたいに大きな時計がついた建物」

「知ってる!」

「私、そこで働いてるんです」


 お姉さんはスマホを取り出し、通話を始めた。


「公園で猫を保護したの。傘を3本と毛布、それと水をお願い」


 電話の向こうで慌ただしい声が聞こえたけど、お姉さんは気にせず切った。


「あと10分でスタッフが来ます。飼うかどうかは親御さんと相談してください。それより、まずは猫の体調を最優先にしましょう」

「うん、ありがとう、お姉さん!」

「ありがとうございます!」


 その後すぐ、お姉さんの知り合いが車で迎えに来て、一緒に動物病院へと向かった。

 入り口の時計を見たら、だいぶ遅い時間になっていた。急いで帰らないと、ママに怒られちゃう。


「もうすぐ17時になるから、急いで帰らなきゃ!」


 傘を借りたお礼を言い、私はすぐに帰ろうとした。けど、どうしても猫が気になり、おずおずと口を開く。


「ねぇ、その猫さんどうなるのか気になるから、明日もまた猫さんに会いに来てもいい?」

「では、明日この病院まで来てください。今日は検査して病気がないかとか色々確認したいので、このまま私が預かりますから。今日はお二人とも帰って、明日また会いに来てください」


 お兄ちゃんはつらそうに猫を見つめている。

 本当はすぐにでも連れて帰りたいのかもしれない。お兄ちゃんは離れがたそうに、猫を優しく撫でた。

 

「母さんに反対されたらどうしよう……」

「生き物を飼うって大きな責任がありますし、シビアですけどお金もかかりますからね。万が一、難しかったとしても、私は猫を保護している方との伝手もありますから。それと、猫の飼い方の本も貸しますから、ちゃんと読んで説得の材料に使ってください」


 お姉さんは、患者さん向けの待合室にあった本をお兄ちゃんへ手渡した。

 お兄ちゃんはその本を強く抱きしめて、覚悟が決まったように強く頼もしい目つきをしている。


「明日絶対に来ます。それまでお願いします」

「はい。任せてください」  


 お姉さんは自信に満ちあふれたような顔で、さらっと答えた。なんかカッコいい!


「私も学校終わったらすぐ来るから、待っててね。猫さん」


 猫の背中をそっと撫でてから、「またね!」とお兄ちゃんとお姉さんにも挨拶して大急ぎで走り出した。背後から、17時になったチャイムが聞こえてきた。このまま急げば、きっと門限に間に合うはずだ。

 万が一お兄ちゃんの家で飼えなかったら困るから、私も猫を飼えないか念のためママに聞いてみよう。

 またママには怒られちゃうかもしれないけど、お兄ちゃんも勇気を出して聞くんだもん! 私だって、負けられない!

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