やくそく

 俺が小学五年生の夏休みに、母方の祖母の家に帰省してた時の話。もう夏休みも終盤って頃に、なんかばあちゃんの弟が死んだらしくてばあちゃんちで葬式があったんだよ。ただ俺も葬式なんてそれが初めてで、ばあちゃんの弟さんとは面識なかったから、式の間中何してんだかわからなくてめちゃくちゃ暇してたワケ。


 しかも後で知ったんだけど、弟さんが死んじゃったのが随分急な話だったみたいで、その場にいた大人はみんなバタバタしてたんだよ。じいちゃんたち男衆は弔問客の相手で忙しそうにしてて、ばあちゃん含めた女の人たちはみんな台所でなんか料理いっぱい作ってて。しかもその弔問客ってのがめちゃくちゃ多くて、っていうのも、弟さん、地元の小学校の先生してたらしくて、教え子さんから慕われてたんだろうね、ホントひっきりなしだった。でもやっぱり当時の俺からしたら、大人は忙しそうにしてるわ、知らん人達がいっぱい来るわで落ち着かなくて、自然と人の少ないところを目指したわけね。


 それでばあちゃんちの裏庭に辿り着いたわけ。裏庭って言うけどそんなこじんまりした奴じゃなくてさ、庭は小高い山の麓にある感じなんだけど、一応その山も含めて裏庭なんだよね。だから俺がその気になれば山の中に遊びに行くこともできたんだよね。いや、まあ当時は結構ビビりだったから結局山奥に入ったことはないんだけど。とにかく俺は誰もいない裏庭で、何をするでもなくぼうっとしてたんだよね。

 どれくらいそうしてたか、「すみません」って声掛けられたんだよ。女の人の声ね。で、俺ちょうど庭の隅で、こう、自分の爪先を見るみたいに膝抱えて座ってたから、その人の顔見てないのよ。なんか、怖くって。俺はうつ向いたまま、なんですか、って返したの。そうしたらちょっと足音がして、その女の人が近付いてきたみたいで、ちょうど俯いてる視線の中に俺に声掛けて来てる人の爪先が見えたんだよ。裸足だったんだよ。完全にヤベエ奴だと思って、なおさら顔見れなかったよ。


「ヨシヒロさんのオソウギはここですか」


 って言ったんだよ、その人。……いや、きっと人じゃなかったんだけどさ。ともかく、そう聞かれたんだ。声はなんか、今思うと結構幼い感じだったんだよな。あ、そうそう、ヨシヒロさんってのはばあちゃんの弟さんの名前な。俺はもちろん怖いし意味わかんないけど、これ以上話したくもなくて、「そうです!」ってデカい声で返事したわけ。そいつは「ありがとうございました」つって俺の隣通って、縁側から家の中に入ってった―んだと思う。俺はそれから、暫く恐怖で動けなくて膝抱えたまま固まってたよ。それで、また少ししたらさっきとおんなじ足音が戻ってきて、


「ヨシヒロさんは約束を守ってくれました、ありがとうございました」


 って言って、その人は戻ってった。うん、山の方に。でさ、俺、その時になってようやく顔を上げられたの。ほら、山の方に向かってるってことは、あっちを向いてるわけじゃん。だからせめて盗み見てやろうって気持ちで。俺より一回り大きいくらいの女の子だったよ。裸足どころか、服着てなくてさ。やたら長い黒髪を引き摺って、後ろ姿だったからよくわからなかったけど、何かを抱えてるみたいで、そのままこっちを振り返ることもなく山の方に戻ってったよ。

 でさ、その後もすごくて、なんか家の中が急に騒がしくなり始めたんだよ。俺もようやく動けるようになって、さっきの出来事もあったから心細かったのもあってすぐに家の中に戻ったわけ。―弟さんの棺が置かれてる部屋でなんか騒ぎが起きてたみたいで、でも誰も何があったかは教えてくれなくて、俺はその日のうちに母さんと一緒に家に帰らされた。しかもその日の話は親戚の中でも禁句みたいになってて、未だに何があったのかは知らないんだよね。


 うん、でもさ、なんとなくわかったんだ。っていうのも、こないだばあちゃんの何回忌かで久々に行ったんだ、あそこ。んでさ、割と朝早い時間に着いちゃったから暇持て余してて、今なら怖くないだろってことで母さんに断って山登りしたんだ。そうそう、裏庭のところの。そしたらさ、見つけたんだよ。なんつーの? 小さくてボロボロになった祠みたいなの。いや、別になんか嫌な感じがするとかそういうことはなかったけど。


 ―けど、そこにあったんだよ。なんだろう……犬とか狐みたいな四つ足の獣の骨。それもすげえデカイやつ。それと、人間の頭蓋骨。勝手な想像かもしれないんだけど、獣の骨が頭蓋骨に寄り添うみたいな格好してるように見えてさ。なんとなくわかったんだ、この獣はあの時俺が見た女の子で、頭蓋骨はヨシロウさんの骨なんだろうなって。……うん、家族には言わないでおいた。


 ―だってさ、あの子の言った「約束」がいつまで有効なのかわかんないじゃん。

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