第30話 逃亡準備と勇者来訪

 そして翌日。

 王宮が教会に対して動くのは、【弓の勇者】とやらの確保が済んでからだろうと、黒猫の美夜と制服姿のセルディを連れて昼前に教会に着いたのだが……なんだか様子が変だ。


 なにやらピリピリしていると言うか、コソコソしていると言うか。


 とりあえず近くにいた教会関係者を捕まえてグレイの居場所を訊ねると、詰め所に居るとの事だったので、場所を教えて貰った。


 で、ここもやっぱりピリピリしているな。

 探し人がいたので、とりあえず声をかけてみる事にした。


「やあ、グレイ。何かあったのか?」


「ああ、クウォン殿か……。実はちょっとな……」

 と、何だか言いにくそうにしていると、同僚らしき騎士が寄ってきた。


「グレイ、クウォン殿だったら寧ろ協力して貰ったほうがいいと思うぞ。ゼラを助けてもくれたし」


 昨日稽古をつけたかいがあったという物だな。どうやら信用してくれているようだ。


「ああ、ダブ……そうだな」とグレイの表情も和らぐ。


「そちらの方は?」

 とセルディの事を訊いてきたので、


「ああ、彼女はオレの弟子でメイフィス辺境伯家のご令嬢であるセルディ嬢だ。

 信用がおける人物なのは保障する」


「ああ、あの時同席していたご令嬢でしたか。失礼いたしました。

 辺境伯の人柄は聞いております。ならば信用するとして……、実は一時間程前に司祭様から伝えられたのですが、国王がゼラを差し出せと言ってきたらしいく」


「なんだと!」

 なんて驚いて見せたが、芝居っぽくなかったか心配だ。

 セルディは下向いてるし。


 笑ってないよな。


 しかし驚いたのは事実だ。王宮も昨日の今日で、もう使者を出すか……と言う意味で。

 まったく。国を動かす奴等って、なんで嫌なことに限って動きが早いんだよ。


 昨日打ち合わせた事が、ボロボロと崩れていく気がする。

 もう少し教会を調べてからにしてくれないかな……。


 あと、セルディに対しては言葉遣いが丁寧だな。まあ、貴族だし。


「で、どうするつもりだ?」

 まさか渡さないよな……という前提で訊いてみたが、


「王の評判は知っているだろう。魔族を倒す為なら、手段を選ばないと。

 城勤めの知人の話では三年前、異界から来た勇者を人間爆弾にしたとも聞くし、【オーブ】を聖都から強奪し、新たに勇者を呼んだとの噂らしい。

 そんな所にゼラを送る訳にはいかん」


 と、グレイは力強く拳を握った。


「なるほど。それで?」


「ほとぼりが冷めるまで、何処かに隠れてもらう予定だが、当てがなあ……」


「……なら、修道女だし【聖都】はどうだ?」

 と、昨日の話題を思い出して振ってみた。


「【聖都】か。距離はあるが、アイデアは悪くない」


「一時期いた……というか、剣聖にしごかれたのが【聖都】だったから、上の方にツテがある。

 今は辺境伯家のタウンハウスに居るから、出発後になるが通信石で連絡も取れるぞ」


「それは有難いな。ちょっと司教様に聞いてみる」


 グレイは先ほど声をかけてきたダブという男に声をかけると、連れ立って部屋を出て行く。


「ああ。何なら途中までなら護衛もするぞ!」

 そう声をかけると、右手を上げて応えてくれた。


 司教との話はあっさりついたようで、午後前には出発出来ることになったのだが……。

 ここで伏兵がやって来た。


「すみませーん! ちょっと伺いたいことが……って言うか、お兄さんいた!」


 そんな声をかけてきたのは三倉だ。

 今はミク……だったか。


 出発まですることが無いので、大聖堂の隣にある礼拝堂に座ってボーッとしていたら、護衛の騎士二人を連れた勇者チームがやってきた。


 一条を除く三人だが、こっちも昨日の今日で早いな!


「ん、オレか?」

 と、美夜に聞いて知っていながら惚けると、テトテトと三倉が駆けてきた。


 が、その前に立ち塞がるのは、近くの防具屋で買ったばかりの冒険者スタイルに着替えたセルディ。


 短めのスカートから伸びる足は、黒の防塵タイツで守られている。

 上は白いシャツに金属の胸当てと、動きやすさ重視のスタイルだ。


 しかしまだ十六歳ながら、美人の威圧は怖いね。

 三倉は一瞬たじろいで足を止めた。


「師匠に御用ですか?」


「師匠?」と三倉は戸惑うが、セルディの視線を追って察したようだ。


「あっ、実は昨日いち……仲間がお世話になったので、お話をさせて貰おうかな……と」


「世話になったからお礼を、なら分かりますが、お話とは?」


 彼等に付き添う騎士の姿に、セルディは早めに引き取っていただくことを選択したようだ。


 少し強めの口調で三倉に対峙する。

 そう言い合っている頃には、七原達も追いついてきた。


 オレは付き添い騎士を見るが、歩き方からそこそこの腕前であると予想した。

 まあ、護衛だし。


 などと考えていると、五輪が頭を下げてきた。


「昨日はご迷惑をお掛けしました」と。


「まあいいよ。でお話って事だけど、済まないな今立て込んでるんだ」


 そう言って礼拝堂の奥を指させば、準備を整えたゼラとグレイを含む教会騎士三人がやって来るところだった。

 全員、冒険者スタイルになっている。


「実は新しく冒険者になる彼等の付き添いでね。冒険者ギルドまで行って、その後は採取か何かの依頼を受ける予定なんだ」


 そうやんわり断るつもりだったのだが、五輪の何かに触れてしまったらしい。


「えっ、冒険者ですか!?」

 と食い付いてきてしまった。


「うん? 興味があるのかな?」


「はい。こんな世界に来てしまったので、少し面白そうかなと……」


 そんな五輪に、

「こんな世界に来たとは?」と訊ねると、慌てて口を塞いだ。


 そうだよ。正体がバレるような事は、言っちゃダメだ。


「ああ~いえ。こんな人がいっぱいの所、はじめてなんで……」


「そうか」 

 と、苛めるのは可哀想なので、流してあげることにした。


 グレイ達が近づいて来たので、オレも立ち上がる。


「それじゃあ、折角だけどオレ達はこれで……」


 すると、今まで黙っていた七原が口を開いた。


「あの、ご迷惑で無ければ、その冒険者ギルドという所までご一緒しても良いでしょうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る