第29話 打ち合わせと方針

 ゼラ誘拐未遂事件の翌日夕方。

 辺境伯タウンハウスの応接室で、王城に忍び込んでいたメイドモードの美夜からの報告を聞いたヨウカの第一声は、


「ちょっとクウォ~ン。私は王都に来て、まだ二日目なのよ!」

 だった。


 いや、オレだってまだ二日目だぞ。と言い返すも、


「着いた早々【聖女候補】誘拐未遂現場に居合わせて、翌日には王様たちも別口で【聖女候補】の利用を口にして、勇者の一人を使い潰す気満々になって、勇者の女の子を誑しこんでるって、どう言うことなのよ!

 フィナとドーナに言いつけるわよ。

 明日で仕事が終わったら、王都でバカンス気分だったのに!」


「知るかよ! 遊ぶ気満々かよ! 

 それからドーナに言うのは止めてくれ。後が煩い!」


 そんなオレたちの様子を眺めながら、眉を寄せているのはセルディだ。


「しかし、それは由々しき事態ですね」

 と腕組みをして不機嫌をあらわにしている。


 ブルーノも何か思案する顔で紅茶を啜っているのだが、最近この二人は学園を休んでいるそうだ。


 休学やサボり……という事ではなく、既に三月も半ば過ぎで春休み目前ということもあり、成績優秀者は自主登校という形になっているとのことで、お陰で昨日は助けられた。


 弟子が二人とも優秀で、嬉しいかぎりだ。

 勉強は教えて無いけど。


「まあ、そうだな。ただでさえゼラを誘拐しようとした奴等のアテが無いのに、国王までしゃしゃり出て来るなんてな」


「ええ。まさか勇者まで師匠を狙っているとは」


「おい、そっちかよ! 話しが噛み合ってないだろ」


「確かに、ギルド職員だけならと思っていましたが、少しいた方がいいかもしれませんね」

 とブルーノが呟く。


「は?」

 なんだ? ブルーノとセルディは、話しが合ってるのか?


「では、準備をしてまいりましょうか?」

 と続くのは、メイドモードの美夜。


 お、オマエもなのか?


「なんの準備だよ」

 と念の為に問うてみれば、


「剣の稽古ですが?」

 と、すっとぼける美夜。


「そうですね。教会騎士達は稽古をつけて貰ったと言うのに、弟子の私がまだというのは、納得出来ませんっ」


 と、真顔で詰め寄ってくるセルディ。


「あのなあ……」


「と、冗談はさて置き」

 ブルーノがカップをテーブルに置いた。


「何なんだよお前ら……」


「面倒な話なので、軽い現実逃避みたいな物ですよ。

 で師匠、我らの方針は?」


 しれっと話を元に戻すブルーノ。

 流石は次期当主だよ。


 オレは軽く溜め息をついた。


「まあ方針は……どうなの? コーディネーター」

 とヨウカに話を投げる。


 メイドモードの美夜がいる会議に参加している時点でお察しだが、セルディ達はリーンの存在を知っている。


 特にブルーノは、スポンサーの一人である辺境伯家の跡取りだ。

 辺境伯に何かがあってから引き継ぐのでは遅い場合があるので、ある程度は情報共有をしている。


「まあ……勇者方面は、両団長がアズール殿下を頼ると言っているので、それ次第かしらね」


 そんなヨウカの言葉に、ブルーノが頷く。


「ティール騎士団長もジュニパー魔法師団長も、信用が置ける人物ですので大丈夫でしょう。

 アズール殿下も引き込むということであれば、勇者の件は保留で問題無しかと」


 ブルーノによると、今の王城は「何が何でも魔族滅ぶべし」の【魔族殲滅派】と、「相手が攻めてこないなら平和が一番」の【穏健派】に別れているらしい。

 国王が【魔族殲滅派】なのは周知として、宰相もこちら。

 兵を纏める両団長が【穏健派】なので、均衡を保つ事が出来ているそうだ。


 両団長としては、相手が攻めてこないなら、態々わざわざ此方こちらから手を出して、無闇な戦闘で兵を死なせたくないらしい。


 特に王様は兵士を駒としか見ていない節があるし。


「了解。じゃあ、問題はゼラか。

 今の所、攫おうとした奴等の目星と動機は不明のまま……いっそグレイを頼るか」


「頼るか……と言うよりも、待つことが苦手な国王のことです。

 恐らく二~三日の内には王宮から【聖女候補】引き渡しの通達があるでしょう。

 教会がそれを拒否するのであれば、強引な手段に出るでしょうね。ならば……顔見知りの次期剣聖には、向こうから頼ってくると思いますよ」


「【オーブ】を転がして持ってくような奴等だから、手段は選ばないだろうなあ……となると、その前に逃がすしかないか」


「じゃあ、そこにつけ込んで、教会に協力する体で、懐に潜り込むとしましょう」


「コーディネーター、言い方!

 まあいいか。ゼラにトマトを買いに行かせた奴が誰か、グレイにまだ聞けなかったし」


「トマト……とは?」

 話の関連がわからず、セルディが訊ねる。


「ん? 近くに市場通りがあるのに、裏道の店を指定して買いに行かせなきゃ、あんな所に迷い込まない……んじゃないかとな」


「なる程。教会内に誘拐犯の協力者がいると?」セルディが頷いた。


「多分な。しかも【真の聖女候補】にお使いを頼めるんだから、かなり身近な感じか?

 そう言えば、教会騎士とゼラくらいしか知らないが、教会の組織ってどうなってるんだ」


「そうですね……私も祭典や福祉の会でしか関わりが無いのですが……」


 そうセルディが教えてくれたのは、教会の組織について。


 教会でトップにいるのが司教。詳細は省くが王都内には複数の教会があり、これを取りまとめる事務的な役割。


 ただ王都で教会と言えば、大聖堂があるあの教会のことだそうだ。


 教会の実務的な所を行っているのが司祭と助司祭。あとは修道士・修道女、彼等を守る騎士。

 食事や掃除といった雑務は、修道士達と信者のボランティアで行っているので、大きい割には簡素な物だとのこと。


 ただ人数は多い。

 修道士と修道女、男女が同じ教会内にいるのは、主神が女神であることと、女性の方が治癒魔法の力が強いということもあるようだ。


 司教は規律に厳しく、豪華な生活には興味が無い人格者で、何年か前には別の町で司祭をしていたのだが、町が魔獣に襲われて壊滅寸前に。

 その時救われた事で、更に信仰が厚くなったと言う。歳は四十六。


 司祭は人の良い三十八歳の男で、少し太っているが大食漢と言う訳ではなく、質素に過ごしているそうだ。


「とは言え、私も直接話したことがあるのは司祭までですね。それも事務的な会話ですから、誰が信用置けるかは判断しかねます。

 騎士に至っては、殆ど知りません」


「まあ、全員疑ってかかれってことかね」


「そうね。では方針としては、第一に【真の聖女候補】であるゼラの護衛。同時に首謀者と協力者の特定と動機が何なのかを調べることね。

 クウォンには、教会騎士と連携してもらいながら調査。

 女性同士の方が聞き取りやすい事もあるかもしれないから、セルディ様には同行していただけますでしょうか」


「了解です。それから、仕事ではセルディと呼び捨てで構いません」


「承知いたしました。

 勇者は暫く様子見。

 王宮からの動きがあった場合は、出来る範囲で妨害……かしら」


「王宮側への対応が心許ないというか、成り行き次第ってのがアレだが、しょうがないか」


「第一王女であるシアリス殿下とはクラスメイトですが、彼女も自主登校組ですので接触は難しいですね。

 まあ、王宮に顔を出してみましょう」

 と言うブルーノに、セルディも頷く。


 シアリス……シアリスねえ……。

 手が無い訳ではないけれど、まだその札は切れないか。


「勇者達がクウォン目当てに教会に来た場合は、適当にあしらって団長達に投げて構わないでしょう」


「そこら辺は成り行きだな。

 後はリーンとして、何処まで首を突っ込んでいい物やらだけど……」


「スポンサーからは、可能なら【真の聖女候補】は【聖都】で匿って貰うのがベストとのことよ。

 場合よっては【黒聖騎士】の力の使用も認めるそうよ」


「そこまで言ってくれるならやりやすい。じゃ動くのは明日からということで……美夜、準備を頼む」


「準備……ですか?」


「さっき言ってただろう。稽古の準備だよ。

 夕飯前の軽い運動だ」


 そう言って立ち上がると、セルディの後ろで見えない尻尾がブンブン振られているのが見えた気がした。


 しかし、一条に来た指令は【聖女候補を守れ】……か。

 一体誰から守るのが正解なのかね。

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