KAC20254 その時は

久遠 れんり

運命の時間

「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」


 それを見始めたのは、高校二年の春。

 明日から始業式という日だった気がする。


 夢はいつも同じ場所で事故が起こり、私はそれをなんとか止めようとするが、止まることは無く、それは起こってしまう。


 ただそれが、事故が起こったと言うだけで、どういう状況でどういう結末なのかを覚えていない。


 そこは、子どもの頃から通る道。

 家から何処に行くにも通る小さな道と、大通りへの交差点。


 夢を見始めてから、気を付けるようにはしていた。


 そして夢は、徐々に見る間隔が短くなっている事にも気がついている。


 高校二年の時、次は大学一年。

 次は、大学一年の秋。

 そして今年、大学二年の春。五月半ば、六月初めと縮まってきて、十二日前、六日前、そして三日前に九回目の夢を見た。


「どこまで縮むのか、最後はどうなるのか?」

 そんなことを考えながら、ストレスで味のしなくなった朝食を食べて学校へ向かう。


 それが起こるのは、昼間。それは間違いない。


 十分に気を付けて、交差点を左に折れる。


「バス停まであと少し……」

 そんな、馬鹿みたいな警戒を、あざ笑うように何も起こらない。


「学校へ行けば、授業が終わるのは十八時過ぎ。幾らこの前夏至でも…… 日の入りは十九時二十分? もう……」

 つい、スマホに向かって愚痴を言う。


「おはよ。まだ警戒中なのね」

「そう、三日前に見たの」

「そうなんだ。でも、夢なんでしょ?」

「そうだけどさ」

 バス停にいたかの女は、由加里ゆかり。高校時代からの友達。

 大学が同じで、今も仲が良い。


「朝から化学だわ」

「そうね」

 私たちは理学部で、何を思ったのか、高分子化学などを勉強している。

 まあ、身の回りにあって、役立つものだし、なんとなくステキに思えたのよ。


 まあ、当然だけど一般教育の授業とかも受ける事になる。


「あっ居た、森永君」

 由加里が、今お気に入りの彼。

 彼らはいつも仲良しグループで固まっているので、そこに私たちが混ざる事になる。


 ハッキリって、色恋沙汰など今は考えられない。

 それどころか、家から出るのも嫌なのよ。


 だけど皆『どうせ夢じゃない』そう言って、本気で考えてくれない。


 お母さんに至っては、ずる休みの口実扱い。

 もう、小学生でもないのに……


 そのまま、二限目も受けて、昼食タイムへ突入。

 嬉しそうな由加里……


 わたしの横にも、仲良くなった辻君が座る。

「まだ元気ないの?」

「言ったでしょ。夢を見たのが三日前。その前が九日前。その前が……」

「二十一日前だったな」

「そう、何かあるなら今日なのよ……」

 そう言うと、彼は何かを考える。


「それなら今日。俺の家に泊まる?」

「へっ? なんで」

「だって、その場所に居なければ良いんだろ?」

「それは、そうだけど…… 親になんて言うのよ」

「その辺りは適当に、彼氏ができたとか?」

 そう言って、彼はにやり。


「何を適当な。そんな事を言ったら、親が確実に迎えに来るわよ」

「うわ過保護」

 そう言って彼は優しく笑う。まだ何か考えているようだけど。


 でだ……


 午後からは専門になるから、別れることになったけれど……

 『本日休講』の張り紙。

 なんか、理学部で流行病の罹患者が出て、封鎖されたようだ。


「えーまじ? どうする?」

「うー、どうしよ」

 とか言いながら、遊びに行くことに。

 本屋とかカラオケ屋とかをハシゴして、時間を潰していると着信が由加里にあった。


「うわっ、そういえば親戚が来るから、早く帰れって言われていた」

 時間は十八時半。


「仕方が無い。帰るか」

 そう言って帰り道。

 バスから降りると、大通りを渡らないと帰れない。


 歩行者用の信号が青になっても、一応確認をして渡り始める。


 すると、向かう方向では無い背後。

 そう、家に向かう北向きの細い道。

 大通りを挟んで、南にも繋がっている。


 その南から来た車が、右折してこようとしていた。

 私は、まるで不審者に見られるレベルで気を付けていたから気がついたが、由加里は気がつかず、私が警戒をして、出遅れた分だけ、数歩先をのんきに歩いている。


「由加里、危ない」

 私は思わず駆けより、彼女を突き飛ばす。


 そう思いだした……

 いつも、彼女をしまう。

 それで私は死に、今までは時間が戻っていた。


 そう、これまでの九回は……


 だけど、いつもと違い、体がいたく、重く、動かない。



 目の前に流れていくのは、私の血かしら? 結構な量……

 まずいわね。

 そんなことを考えながら、私の意識は遠くなっていく……


 渡るはずだった歩道の先で、小さな子どもが、残念そうな悲しそうな顔で見ていた。小さな手を振りながら。バイバイと……


 そうあれは、現実。夢ではなかったようだ。

 そして、もう…… やり直しはできないみたい……

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