第43話 不目根田町 攻略作戦ー7

 突如として強烈な感情に襲われセニム・アラタは驚愕する。


 同時に、自分の内側から溢れ出ようとする何かを今は必死に抑えなければならないと本能的に察知した。


 だが、すでにわずかにそれは漏れ出ていたようで、母親とタクシードライバーはびくりと体を震わせる。


 セーブをした直後、急激にこのような事態に襲われ、アラタたちは困惑した。


「・・・一体どうしたんだい」


 タクシードライバーがミラー越しにアラタに答えを求めてくる。


 アラタは、恐る恐る左右のステータス画面を開くとすぐに異常に気づいた。


 言葉にならない喜びの感情がアラタを包み込み、声を上げてアラタは今起こった謎の奇跡に精一杯の歓喜をしようと思ったが、残機の数を見て、その感情はky痛撃に消え失せていく。


 アラタはスキルの詳細画面をスクロールし、引き継ぐものに何が設定されているのか見ると、静かに目を瞑った。



 ───ありがとう・・・



 今、アラタの中には4度目までの──ミナがアラタにスキルを発動して守ろうとあがいた際の時の記憶を持っている。


 いや、正確にいうと、そこで死んでからゲームオーバー画面に進み、リセットを決意した時までだ。


 ───5度目の自分は使命をまっとうしたんだ。・・・そして最後に死んで自分にこの力を届けてくれた。


 アラタは、壮絶に死んでいった一人の人間を想像する。


 その後、ステータス画面を開くとはじまりの竜剣を取り出し、しっかりと手に握ったことを確認すると、タクシーの窓を開け、高速道路へと飛び降りた。


「お、おい何して──」


 ドライバーが言い終える前にアラタは圧を少しだけ解放し、空へと飛んでゆく。


 自分でも信じられない光景だった。


 人が本当に空を飛べてしまっている。


 体が軽く、幽霊にでもなってしまった気分だった。先ほどまで自分が乗っていたタクシーが石ころのように小さくなっていく。


 同時に照りつける太陽の光が徐々に強くなっていくの感じた。


 だがここで喜びに浸っているわけにはいかない。


 今、アラタは一人の人間の血まみれの犠牲の上で、こうして空中を飛んでいられるのだ。


 感情を押し殺し、不目根田町のある方向を確認する。


 もう何度も通ってきた場所だ。山の様子から大体の町の位置は把握できた。


 時刻は正午過ぎ。


 まだ最初に塔へと入った100人も救うことができるだろう。


 そもそもダンジョン化する不目根田町から町民たちは逃れられるかもしれない。


 アラタの話を町民たちが信じない様子ならとにかくとっととミナだけでも救出するつもりだ。


 アラタは、ある程度の高さまで自分が浮いたことを確認すると、ゆっくりと圧を解放していき、自分の現在の力がどれくらいなのか、なんとなく感覚的に確かめてゆく。


 間違って周りの人間を殺してしまうわけにはいかない。


 力を出しすぎて、周りの人間が巻き込まれてしまうかもしれない。


 アラタは、自分の圧をなんとなく調節し、把握し終えると不目根田町へむけて光の速度で飛び去って行った。



 ・



 不目根田町に続く東側のトンネルに到着し、通行止めのためにフェンスの展開作業に追われていた兵士は、空から流れ星のようなものが落ちてきていることに気づく。


 それが自分のいる方向に向かってきていることにも。


 しかし、次に瞬きをした瞬間にその光はとうに消え去り、自分の視界には先ほどまでと同じ光景が広がっていた。


 幻覚でも見たのだろうか。


 一瞬、自分もフェンスも全て吹き飛ばされたような感覚があったが、周りを見回すと特に何か起こっているわけでもなかった。


 少し設置していたフェンスがずれたような気がしたが気のせいだろう。


 兵士はあたりにいた交通整備の人間たちと顔をあわせる。


 彼らも何か感じていたようで、中には自分の体に何か起こっていないか身体中を触り、装備を一から確認している者もいた。


 が、何も異常はないように見えたし、おそらく先ほど見えた光が原因のような気がしたが、そうであると仮定するのなら、とにかく先程感じた違和感は不目根田町から出てきたものではないのは確かだろう。


 兵士たちは自分の役目に集中する。気にしたってどうしようもない。


 現在の自分たちの役目は、不目根田町の外からやってくる者たちをUターンさせて、不目根田町内で暴れていると見られるモンスターたちのさらなる犠牲者を出さないことなのだ。


 再び兵士と交通誘導の人間たちは大人しく自分の作業に戻るのであった。



 ・



 トンネル内では不目根田町からなんとか脱出できた者たちや、不目根田町がすでにダンジョン化しているのを確認し、中の住民の救助を一旦諦めて引き返す兵士たちの姿があった。


 その者たちは、トンネルの出口───不目根田町から真逆の方向から光がやってくるのを確認する。


 一体何が向かってくるのかと見がめていたが、瞬きした次の瞬間にはその光は視界から消え失せていた。


 一体あの光はなんなのだろうか。集団幻覚でも見たとでもいうのだろうか。


 その者たちは今起きた現象に顔を見合わせてお互い困惑するが、しばらくもしないうちに、とにかくトンネルから脱出することに意識を切り替え、再び出口に向かって歩き出す。




 ・




 不目根田町内のトンネル付近では外に出ようとした町民たちの姿があった。


 が、すでにダンジョン化は終わっているようで、トンネルの外に出ようにも黒いモヤのようなものがかかった、半透明の壁が行手を遮り、町民たちをこの町に閉じ込めている。


 多くの住民がその様子に絶望し、その場に座り込んで立ちすくむ中、追い打ちをかけるように茂みや住宅から出てきたモンスターたちが彼らに襲いかかる。


 大人たちは、なんとか抵抗が可能であったが、大人が自分の身を守るために精一杯な中、どこからか大量に湧いた他のモンスターたちは、子供や老人たちを狙って攻撃し、次々と惨殺していく。


 町民たちが絶望的な状況の中で必死にモンスターたちと戦っていると、トンネルの外側からものすごい速度で何かが入ってきたのを感じた。


 感じただけで何が入ってきたのか捉えることはできない。


 気づくとあたりのモンスターは姿を消していた。


 ──いや、一瞬で倒されたのか──?


 戦っていた町民の一人がそう思いながら唖然とする中、他の場所で暴れている街のモンスターたちも続々と逃げ出す間もなく姿を消していく。

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