第42話 不目根田町 攻略作戦ー6 「0」

 ───どうやらこのダンジョンボスは、俺にはギミック的に討伐不可能なもののようだな・・・


 アラタは、変化しない経験値ゲージを見ながら自分の運命を悟ると始まりの竜剣を収納し、今自分の持つ最高火力を誇る剣を取り出す。



「あとは任せたぞ・・・君にはまだミナがいるんだ。」


 この剣はとある高難易度ダンジョンで入手したボスの素材で作り上げたものだ。


 手に入れてからはこの剣を使用しており、奥義がとにかく強力なので、スキルのないアラタでも、火力に困ることは無くなった。


 と言っても、この剣を手に入れる頃にはすでにアラタのレベルは90台に達しており、ほぼ全てのモンスターは素手でも倒せる程度にはなってしまっているのだが。


 アラタはこの剣を使い、討伐できる方法がないか最後に試してみることにする。


 この剣はもはや剣の域を超えており、ただ手に持って奥義を発動するだけで大抵の敵は瞬時に死に絶える能力を持っていた。


 アラタが「奥義」と呟くと、アラタの周りに衝撃波が走り、再生途中のダンジョンボスは衝撃波を受けると再び粉々のミンチとなる。


 アラタの周りには複数の巨大な剣が浮遊し、アラタの命令を待っているかのようだった。


 再びダンジョンボスが再生を始めると、アラタはまた別の方法でボスを八つ裂きにしていく。





 ・





 どれくらい時が経っただろうか。


 目の前にいるミンチになったダンジョンボスはまた何千回目の再生を始める。


 アラタの予想通り、このダンジョンボスには討伐方法があり、その方法通りに殺していかなければ何度でも蘇ってくるようだ。


 その討伐方法はやはり、アラタ一人では再現不可能なものであり、アラタは剣を振るうのをやめた。



「ここまでだな」




 そう言葉をこぼすとアラタは、どこか遠くに向かって微笑み、持っていた剣で自らの喉を掻き切った。


 今まで何度か死んできた。


 ──と言ってもそれは10年以上前の話だが、そんな中で、自ら命を断つのは初めてだった。


 勿体無いと言う意味不明な感情と、長い間忘れていた猛烈な痛みという感覚がアラタを襲う。


 遠くでは、ダンジョンボスが完全に再生し、金切り声を上げているのが聞こえた。


 もう何千回と聞いており、ノイローゼになりそうだ。


 だが、それもこれでおしまい。


 薄れゆく意識の中、何度か激しい振動がアラタを襲ったかと思うと、ようやくアラタは死に絶え、ここで5度目の人生を終えたのだった。




 ・





 懐かしい音が聞こえる。何も聞こえない静寂の音だ。あるはずのない瞼を開け、目の前に広がる光景を見る。


 目の前にはおよそ13年ぶりのGAMEOVERの文字。


 まだ記憶はある。


 十三年間随分と汚い人生を送ってきた。


 アラタはこれまでの過去を振り返る。


 あれから早々に母と別れ、ずっと一人でこのダンジョンを攻略し、ミナを救うということだけを考えて生きてきた。


 戦いと、命を奪い続ける毎日。


 長く生きれば生きるほど、ただでさえ醜い自分という存在が汚れていくのを感じた。


 が、それでも、良い思い出が全くなかった訳ではない。


 その当時は最悪だと思ったことも、こうして死んだ後に振り返ってみるといいものに思えてきてしまうこともあった。


 ───俺は死ぬんだな。


 アラタはさまざまな雑念に支配されながらも、迷いなく「リセットする」のボタンに存在しないはずの手をかける。


 すると、13年前、あまりにも困難な状況に「諦める」のボタンの方に手をかけた時のように、今までの記憶がなぜかアラタの汚れ切った頭の中を走馬灯のように駆け巡った。


 主に十三年間の間の記憶が、この空間には存在しないアラタの頭を───体を駆け巡っていく。


 アラタは、流れるはずのない涙を流していた。何かが溢れ出るのを感じた。


 最終的には裏切って殺した仲間の笑顔、世界中を回った時に見てきた、今までに見たこともない景色の数々───


 レアな装備を手に入れた時の興奮・・・その喜びを分かち合う仲間たち。



 色々あった。



 色々あったんだ。



 素晴らしい人間とも出会った。


 そう言った人間とはリセットした後でも巡り合えるのだろうか・・・


 いや、それは今の自分には関係のないことだ。仮にまた会える未来が待っていたとしても、それは別の自分であって、今の自分ではない。


 これは間違いなく走馬灯の一種であった。アラタという人間はこれから蘇るが、現在の「意識」は───魂は消え去り、死に絶える。


 すでに死んでいるはずだが、自分のまだ残っている意識は警告しているようだった。


 命令している。それでも生きろと。


 生きるものにとって、それ程までに死というものは恐ろしく、寂しいものであるということをアラタはまじまじと実感させられる。


 そんなふうにどうしようもない孤独と哀愁に襲われ、アラタはなかなか次に進めずにいると、殺してきた人々の顔も、光景も次々と鮮明に自分の頭の中に流れてきた。


 教祖の短剣を使い、教祖と同じようにレベルを上げるため───強くなるためだけに初めて人を殺した時の情景が蘇る。


 ───そうだ俺は人を裏切って殺したのだ。


 死ななければならない。


 それに、もう今更引き継げるものを変えることはできない。


 なのに何を葛藤しているのだ。


 走馬灯はアラタに過去を振り返らせ、生きるためのヒントを与えようとしていたが、それはアラタの罪の重みを加速させ、逆にアラタを死の世界へと消えていく決心をさせるものになった。


 地獄で悪魔たちが汚れた罪だらけの今の自分を待っている。


 アラタは観念するとリセットするのボタンを思い切って──しかし静かに押したのであった。



 ───これが死なのか・・・



 アラタは自分が消えていくのを感じる。


 そして、始まっていくのを。


 残りの残機は0になり、アラタの6度目の───最後の人生が幕を開けたのだった。

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