第29話 見えてきた死

広間に入った人々はおじさんがなんとなく感じていたように、もうアーチの外へと出ることができなくなったようだ。


何か透明な壁が出たくても行手を遮っていたとおじさんは述べた。


そこからの話は聞くに耐えなかった。


2000人を超える人々は広間の奥に佇むモンスターに攻撃を仕掛けようとするが攻撃を仕掛ける前に血を流してバタバタと倒れていったようだ。


一番レベルが高かったミナでさえもおじさんが広間を眺める中、モンスターの発した魔法のようなものをくらい、一撃でミンチになったそうだ。


「2000人以上の人たちが数分も持たずに全滅・・・・」


アラタは状況からなんとなくは察していたがこれほどまでに絶望的な光景が繰り広げられていたという事に絶句する。


だが、これがアラタがここに来るまでの少し前の出来事だということ──ミナが思ったより長く生きていたということにアラタは安堵した。



──これならミナを救えなくはないな



教組の時と同じだ。とアラタは思った。必死にレベルを上げさえすれば余裕で乗り越えられる。


「じゃ、あとは任せてよ。おじさん」


アラタはそういうと剣を構えて広間に突入した。


もう死ぬことは確定している。


ミナを救う必要があるのでもし何かの奇跡でモンスターたちを倒せたとしてもアラタは自害するつもりだ。


だがそんな心配は───計画は、全て杞憂であることをアラタは思い知らされる。


広間に足を踏み入れた瞬間、アラタは頭上からいきなり殴られたのかと思ったほどだ。


とにかく圧が凄まじかった。


ろくに走ることさえできない。


アラタは今まで感じていた圧がかなり抑えられていたものであるということを今理解する。


このアーチはこれでもこのモンスターたちの圧を十分抑え込んでいたようだ。


出なければこのモンスターたちの圧はダンジョン内にいる生命のほとんどを瞬時に殺していたであろう。


アラタは吐き気が止まらなかった。


パーキングエリアにいたものとは比べ物にならない。


ろくに直視することもできなかった。眩暈と頭痛に襲われ、鼻から垂れたそれが自分の吐瀉物ではなく、血であることを確認するとアラタは叫ぼうとした。


そう、叫ぼうと。自分を震え立たせようと。


しかし、声は出なかった。


なんとか立ち上がるも剣が重くて持ち上げることはできない。


耳鳴りがうるさい。


アラタはモンスターたちに届くかないとわかってはいるが「奥義」をとりあえず悪あがきで発動しようとする。


しかし、自分のMPがとうに尽きていることに気づく。


──ありえない・・・


アラタは自分のMPがこのモンスターたちの効果によって奪われているということを本能的に察知した。


というのも、さっきから自分の全てが吸い上げられているような感覚であったからだ。


圧のせいではない。


このモンスターの能力だろうか。


手も足も出ないとはまさにこのことだろう。


アラタはこのモンスターがまだ中ボスであるという事実に目を背けながら静かに立ったまま絶命した。


おそらくミンチになって死んだミナはアラタよりも善戦していたということなのだろう。


アラタはレベルが自分よりもレベルが低かったミナの方がよくやれていたことに情けなさを感じつつ、何もできずに3度目の人生を終えるのだった。







ゲームオーバー画面が表示される。残機は残り3。


アラタは時の流れがおそらく関係ないであろうこの空間で色々と情報を整理しようとした。


が、どうにもうまく頭の中から考えを引き出すことができない。


過去の記憶を引き出そうにもうまく引き出せないのだ。


それはまるで夢の中の目覚める直前の状態のようだった。


なんとなく思考をすることができるが、深いことは考えることができない。


どうやらこの場でアラタができるのはリセットについての選択と、リセットに関して若干考えることができるということだけらしかった。


もうしばらくアラタは粘ったが、どうにもならないので仕方なくアラタはリセットすることにする。


生き返ることができるというのに、その気分はひどく不愉快なものだった。


居心地の良い、静けさにあふれた空間から激しい雑音が鳴り響く世界へと戻っていくこの瞬間は、初めはなんとも思わなかったが、だんだんストレスを感じるようになってくる。


実際、リセットしなければいけないということは死んだ原因と再び対峙しなければいけないことを意味するので、不快に感じるのは当然かもしれないが。


アラタは目を覚ますと、そこはリセット前からしたらひどくうるさい場所であったはずなのに、現実世界で見ればとても静かで平穏な空間であることが分かった。


時刻は正午すぎ──タクシーの車内だった。


タクシードライバーは静かに前を見て運転を続けており、母親は外の景色をなんとなく眺めているところだ。


アラタは左側と右側、両方のステータスバーを開き、情報の整理とミナを救うための準備に取り掛かる。


残機は1消費して残り2だった。


あと2回死んだら──本当にゲームオーバーだ。

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