5 おやすみ

じりじりと表皮が焼けていくのを感じる。

母に暑いから被って行きなさいと押し付けられた麦わら帽子を被っても、暑い。ざっくり見た天気予報によると、今日の最高気温は三十度後半らしい。近頃は夜にしか出歩いていなかったから、今年の夏がこんなに暑いとは知らなかった。

自然に囲まれた墓地の中を歩く。夏休みの時期だからか、花を供えているところも多い。

かくいうわたしも、張り切って購入してしまった。親戚のお墓参りに行くときでさえ、親に任せているのに。

花の種類は無難に菊を選ぶつもりだったのだけれど、結局やめた。一風変わった花の方が、彼は喜びそうだと思ったから。

そんなわけで、現在わたしの腕の中にあるのはリモニウムという花である。

花束になっている紫色のそれを揺らしながら、彼の墓を探す。


「……あ」


案外すぐに、お目当てのものは見つかった。

墓石には、夜代やしろ家之墓と彫られている。


「こんばんは、猫鳥ねこどりくん――じゃなかった。……みなとくん」


癖で自分が付けた方の名前を呼んでしまう。

昨日の夜、最後の夜。別れ際、彼が教えてくれた名前に言い直す。忘れたとか何とか言っていたのは嘘だったらしい。

結局、どうして初めは名前を教えてくれなかったのかわからずじまいだ。何かしらの意図はありそうなのだが。


「本当の名前が好きじゃなかったのかな。だとしたら、今までどおりの呼び方の方がいいかな。ねえ」


呼びかけても返事はない。

会えなくなってから、せき止められていたものがあふれ出すみたいに、訊きたいことが増えていく。

亡くなった経緯、家族のこと、学校のこと、誕生日に命日。どれも、もう本人の口から知ることはできない。今夜もあの神社にいるなら会えないことはないけれど、彼の意向を無視するのは忍びなかった。


「……あのさ。実は昨日別れたとき、何だ、意外と寂しくないなって思ったんだけど」


ぎゅ、と花束を握る力を強める。


「やっぱり、ちょっと寂しい……かも」


聞かれていたら、また君は臆病だね、なんて言われるのだろうなと思った。

弱々しい語尾とも、そろそろお別れしなければいけない。


「ごめん、嘘。寂しいよ、死んじゃうくらい」


喉の奥が痛い。情けなく嗚咽を漏らしそうになる。

花束のリボンで結ばれたあたりがぐしゃりと潰れているのを視界に入れたところで、わたしは我に返った。

このまま行くと花がさらに傷みそうだ。灰色の石の前に、花束を下ろす。

そして、こほんと咳払いをひとつ。


「まあ、湿っぽい話はこれくらいにして。今あげたの、リモニウムって花なんだ」


小ぶりな紫色が可憐に佇んでいる。いろいろリサーチをした後、近所の花屋で買ったものだ。


「花言葉とか信じてないけど、一応意識して選んだから。知らないなら、天国のお花屋さんにでも教えてもらいなよ」


もしかすると地獄行きの列車に乗るはめになっているかもしれないが、地獄にも花屋くらいあるだろう。たぶん。

いや、花屋はいても、花言葉に明るいとは限らないか。


「……もし誰も知らなかったら、わたしが教えに行ってあげるよ」


彼でも天国行きならわたしだってそのはずだ。地獄でも、彼と一緒なら悪くないような気がするから、きっと大丈夫。

そこまで言って、他に何か言うことがあったかな、と頭の中を探る。


「そうだ。きみ、わたしの寄る辺になれたかな、なんて恥ずかしいこと訊いてきたけど」


暑い。熱い。


「なれてた。なれてたから……わざわざ訊かないでよ。きみなら訊かなくてもわかるでしょ」


放っておいたらすぐに小っ恥ずかしいことを言い出す。わたしまで恥ずかしくなるからやめてほしいと思っていたのだが、今となってはあの調子が恋しくもある。

わたしは鮮やかな青天井を見上げた。眩しい日差しの中、真っ白な月を見つける。

脳裏に、月の幽霊の姿がありありと思い出された。


「夜にも月を見たら、きみのこと思い出すんだろうな」


真夜中に偶然出会った、不思議できれいな少年。


「……また月みたいにきれいな人を見かけたら、捕まえちゃうかも」


きみのせいだよ。

捨て台詞みたいに言った。麦わら帽子のつばをつまみ、深く被る。






「おやすみ」







どうか安らかに、いい夢を。

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夜の寄る辺 依和 @na7ne

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