32 真相

「なんだと⁉」


 そんな馬鹿な。

 リリオも目を剥く。

 ……またも【黑妖】が襲いに来たというのか。


(冗談じゃないぞ!)


 公都の時は運良くうまくいったのであって、本来災害級以上の討伐には、【銘】持ちであっても複数で当たるのが定石だ。だが、今ここには、戦える者がリリオしかいない――。


「どうしてこのタイミングで……っ!」

「レジスタンスの要になるメンバーは大体外へ送ったのではないのですか⁉」

「……いや、全てという訳じゃない。我々は一年かけて、少しずつ外に男たちを逃がしてきた。だからまだ、そろそろ逃がし終えるだろう、という段階だ。一部は未だリーゼラの地下に潜伏している」

「じゃあ今度こそ反乱の芽を根絶やしにするために……!」


 災害級が襲って来たとして、恐らく地下に潜伏していたままならば安全だ。しかし地上にいる人々は同じリーゼラの民であり、レジスタンスにも家族がいるだろう。


 同胞が襲われ食われているのに静観したままでいられるとは思えない。臆病者ならばともかく、公爵家に反旗を翻そうとする連中だ。


「早く……みんなを助けに行かなきゃ! せめて地下に避難を!」

「やめんかアノン、外に出るのは危険すぎる!」

「ふざけんな! 外にはまだみんなとシシィがいるんだよ!」


 飛び出そうとするアノンをヴィルが抑えている。……そうだ、シシィ。

 昨日、リリオは彼女と約束をしたのだ。必ず守ると。


(僕が怖じ気づいていてどうする……!)


「アノン、シシィたちはどこにいる⁉」

「はあ⁉ なんで聖騎士なんかに教えなきゃいけねーんだよッ!」


「――約束したからだ。いざという時、必ずこのリーゼラを守るって」


 明瞭に言い切ったリリオに、アノンはやや気圧されたようだった。

 が、すかさず気を取り直したように噛みつく。


「はあ⁉ お、お前なんかに……聖騎士一人で何ができるんだよッ⁉」

「できることが限られていたって、やるんだ。足掻くだけ足掻くんだよ」


 そうだ。できるできない、ではない。やらねばならないのだ。

 彼らが聖騎士を信じられないと言うのであれば、少なくともリリオだけは、彼らの英雄で在らなければ。



「僕は誇り高き聖騎士だ」



 アノンが愕然とリリオを見る。


「アノン、教えてくれ。シシィと他の子どもたちはどこだ!」

「み……みんなはいつもみたいに見張りとか、シシィは多分フェリペ先生のところだ」

「――なんだと? アノン、それは本当のことなのか」


 何故か、アノンの言葉に素早い反応を見せたのはクラスだった。

 見開いた翡翠の目と視線がかち合い、アノンがややたじろぐ。そして、本当だよ、と怯んだまま答えた。


「シシィは勉強が得意で将来は医官になるのが夢なんだ。だからよく先生のところに――」

「……シシィはお前みたいにレジスタンス組織の構成に詳しいのか?」

「え、ま、まあ……。俺ら自警団の中にはレジスタンスに加わりたい奴も多いから」


 くそ、とクラスが短く毒づく。「――情報はそこから漏れてたのか!」


「ど……どういうことだよ」



「――内通者はフェリペだ」



「は?」

「本当は疑いたくなかったんだがな。お前たち自警団の子らが慕ってたみたいだから」


 ハァ、とクラスがかぶりを振る。


「でも、お前らもおかしいとは思ってただろ? 何故レジスタンスの存在が外に露見したのか。おそらくフェリペがシシィから情報を引き出して外に流したんだ。だから、憲兵が一斉検挙に出た。……奴は薬を外に売りに行っていたんだ。エルメルとのパイプを作る機会はいくらでもある」

「ちょっと待てよ。クラス、お前いったい、何言ってんだよ……」


 アノンの言葉に、クラスは眉を寄せて言う。


「――時間はないが、大切なことだ。急いで状況を整理しよう。

 まず、エルメンライヒ領全体で見る【黑妖】の増加。これは、二、三年前からじわじわと起きたことだ。そして一年前、レジスタンスを【黑妖】が襲うという事件が起きた」


「ああそうだ。公都の貴族どもと、あとジークフリートが【黑妖】と組んで、目障りな俺らを襲ったんだ! 今も、この時だって……!」

「それはどうかな」


 クラスが、ひどく無感情な声でアノンの言葉を遮る。



「数か月前に、ジークフリートは公城で死んでいる。【黑妖】の呪いでな」



「――は⁉」


 アノンが目を剥いて叫んだ。ヴィルも同じように驚愕で目を見開いている。

「ジークフリートが⁉ どういうことだよ! 俺ら、そんなこと知らねぇぞ!」

「だろうな。このことは、混乱を避けるためという名目で公爵一族が秘匿してるんだから。お前らは知らなかったから、対ジークフリートのレジスタンスを解散させていなかった」

「じゃあ、どうして……なんで今リーゼラは襲われてるんだ? ジークフリートは死んだんだろ?」

「――【黑妖】と組んでリーゼラの反乱分子を潰しているのが、ジークフリートでないなら、もう。こう考えるしかない」


 猛烈に嫌な予感がした。

 しかし、逃げを許さないとばかりに、クラスははっきりと断言した。



「【黑妖】にリーゼラを襲わせたのは、現エルメンライヒ公爵だ」

 

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