31 目的

「……葬儀屋か。あやつも口の軽いことだ」

「まあ聞けよ。今大事なのは情報源じゃなくて内容だろ? ……レジスタンス、それはいい。問題はレジスタンス組織に所属していた奴らばかりが【黑妖】に喰われたこと、そしてそれを見計らったように憲兵がリーゼラに押し寄せたことだ。ここから、【黑妖】と憲兵――ひいてはその指揮権を持つ貴族との間に何かしらの繋がりがあることが推測される」

「そうだ! だから公都の貴族と、味方の聖騎士どもは【黑妖】と組んで俺たちを……!」


 声を上げたアノンをクラスが見遣る。

 そして、まあ間違ってはいない、と付け加えた。


「今、エルメンライヒ公爵家周辺の上級貴族は間違いなくおかしくなっている。というよりも、エルメンライヒ公というストッパーがうまく働かなくなったと言うべきか。……いやまあ、今はそんな話はいい」


 さて、とクラスは話を続ける。――レジスタンスは【黑妖】の襲来と憲兵の大量逮捕でおじゃんになったはずだった。しかし。


「変だなと思うことがあってな。というのも、俺は昨日検死の資料を数えて、それから逮捕者のリストを調べたんだ。それで思った――死者と逮捕者を合わせても、リーゼラにいる大人の男が少なすぎやしないか? ってな」

「リーゼラにいる大人の男の数、つまりここから『減った』数が、合わないと?」

「ああ、つまり――逃がしたんだ。多分こういった隠し通路か何かを使って、憲兵が逮捕しきれなかったレジスタンスの残党を、外に」


 ――それも恐らくは、戦えそうな男を。


「待ってください、それって、つまり……」

「ああ。こいつらはまだ諦めてないんだよ。レジスタンス組織は終わったんじゃない、ばらけてその時を待ってるんだ」


 クラスが、開け放った扉から見える坑道を振り返る。先程までは薄暗くよく見えなかったが、部屋の灯で照らされた地下の道は、枝分かれしてどこかに繋がっているようだった。……ここ以外の隠れ家のような場所に通じているのかもしれない。


「田舎にも関わらずこの手の込んだ地下坑道といい、隠し通路といい、そこそこ年季の入った叛意だろ、これ。そりゃ、簡単に諦められるモンじゃないよな」


 クラスの呟きは地下室の中で妙に反響した。アノンもヴィルも黙り込んだまま動かない。

 ふと、リリオは顔を上げた。


(……待てよ。僕は、あの刺青をどこかで見ていないか?)


 いつだ。確かに見た。


 最近のことのはずだ――ああ、あれは……そう、エルメルに来たばかりの。

 酒場で、つまみを提供してくれた浅黒い肌の店主の、腕に。



「エルメルの、郊外の酒場……!」



 瞬間、ヴィルが勢いよくリリオを振り返った。なぜそれを知っているのかという目に、確信を抱く。


(まさか……)


 ――あの酒場こそが、レジスタンス組織の新しい拠点だったのか?


 そして、ヴィルはその要のメンバーではないものの、リーゼラの守りと、子どもたちを無駄に戦いに巻き込ませないように監視する役割を負っている彼らの同志――。


「酒場がどうした?」


 訝しげな顔をするクラスに、リリオは苦々しい気持ちをこらえながら応じる。


「……エルメルの酒場の店主の手に、刺青があったのを見ました。そういえば酒場も新しく開いてから、そこまで時間が経ってないとかいう話だったような……。

 あ、それに、店主は隻腕だったんですが、腕を失ったのは一年前だと言っていました。腕を失ったのは、【黑妖】のリーゼラ襲撃によるものだったんじゃないでしょうか」

「なるほど。つまりその酒場が新拠点だったってわけか。とんだ偶然もあったもんだな」

「はい」


 酒場の客らの多くが、聖騎士を疎んじていた様子だったのも、あのいけ好かない富豪の男相手になるべく目立たないようにしようとしていたのも、これでようやく腑に落ちた。

 おそらく打倒ジークフリートの同志たちは、酒場の客としてそこに集っていたのだろう。蜂起する前に騒動を起こすわけにはいかないはずだ。


「……あんたたちは一体何の目的でここに来た?」


 ヴィルが低い声で唸るように問う。


「我々の目的を暴くためか。阻止するためか。それとも他に何かあるのか。一体、何がしたいんだ!」


 眼光炯々とした双眸に射抜かれ、しかし、クラスは一切の動揺も見せない。ただ静かに「そうだな……」と呟くように言い、首を傾けた。


「場合によっては協力するかもしれないし、邪魔をするかもしれない」

「何……⁉」

「目的は何だと言ったな。……俺たち三人の目的は一致している。この公都で起きている異変の原因を突き止めて排除すること。主に――【黑妖】の異常な増加を止める手がかりがないかを探すためにここまで来た」


 三人の目的、と呟いたのはアノンだった。呆然とした表情でこちらを見ている。


「どうして聖騎士と、庶民の姉弟がそんな調査をする必要があるんだよ……」


 おかしいだろう、と言う。その通りだ。――クラスが、そしてアイリスが、本当にただの庶民であったなら。

 ヴィルがアイリスを見た。その菖蒲色の瞳を見て、徐々にその目が丸くなっていく。


 今まで、周りのことで精一杯だった彼は、クラス、つまり師父である彼と、聖騎士であるリリオの連れた少女という異常な存在の正体に気を配る余裕がなかったのだろう。


 しかしようやく、彼は彼女が何者であるのかを悟ったようだった。

 アノンの目が、見開かれる。


「まさか……」


 アイリスは緊張に顔を強張らせたが、しかし次の瞬間には背筋を伸ばした。


「わたし……いいえ。わたくしは――」


 が。

 アイリスが口を開いた、その瞬間だった。



『――ヴィル爺!』



 切羽詰まった声が、地下室に響き渡った。潜水艦や船にあるような伝声官から聞こえてきたものだった。声の主は恐らく中年の女性だろう。


「どうした、何があった」


『【黑妖】だ! また来やがった! しかもあの規模のでかさ……災害級ディザストロじゃないか!?』

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