第12話 銀詰め
その夜、宝立アカネは塾の自習室にいた。
すでに11時を回っていたが、彼女はまだペンを握っている。
本来もう勉強はしなくても大丈夫だが、真面目なアカネは一切サボることなく、ほぼ一日中塾の自習室にいた。
自分を支えてくれた父や友人たちのためにも、努力だけは怠りたくなかった。
そこにスマートフォンが震える。
画面に表示された名前を見て、自然とアカネの頬がほころぶ。
自習室を出て階段の踊り場に移動してから電話に出た。
「もしもし、お銀?おつかれー」
『アカネこんばんは。今大丈夫?』
「うん。大丈夫。今は塾だけどもうちょっとだけ頑張ってから帰るよ」
『え』
電話口の向こうの銀河が固まった。
『もう11時だよ? 無理しすぎはダメだよ。……って言っても、アカネは聞かないんだろうけどさ』
電話の向こうから聞こえる銀河の声は、いつもより少し優しかった。
「大丈夫だよ。今は頑張らなきゃって思ってるから」
『……ほんとアカネは偉いよ。じゃあ帰り道は気をつけてね。何かあったらすぐ電話すること。分かった?』
「うん、ありがと、お銀」
電話が切れる。
銀河はスマホを胸元で握り締めて、窓の外を見つめた。
(よし……アカネのために、もっと教室を綺麗にしなきゃ)
銀河は決意を新たにした。
―――――――――
翌朝。
銀河が登校してくるとクラスメイト全員から注目をされていた。
金村はもういない。
彼は当分学校に来れないだろう、ということを昨日担任から説明されていた。
「な、なに…!?こっち見ないでよ!ボク何もしてないでしょ!!?」
銀河は怯えている。
ような演技をしている。
その様子からはどう見ても、後ろめたいことがあって復讐を恐れているようにしか見えない。
実際は今までの4人を退場させたのは他ならぬコイツなのだが、そのことを疑うことができる切れ者は残念ながらこのクラスにはいなかった。
銀河は怯えた様子で席に着く。
と。
「うわあああ!!!!」
銀河が突然叫び出した。
銀河の机の中には大量の長い黒髪が入っていた。
黒くて長い髪。
それは宝立アカネのものとよく似ていた。
一昨日メルカリで500円で買ったものである。
「……っ、だ、誰のイタズラ!?!」
怯えた様子の銀河。
内心では(こんなものまで買えるんだからメルカリって便利だよなー)と思っていた。
誰も名乗り出ない。
いや誰も仕込んでなどいない。
昨日の放課後に自分で突っ込んでおいたものだから。
「やめてよ…やめてよお…アカネ…ごめんて…許して…」
顔を青ざめさせ、震える銀河。
そしてその日の放課後。
更なる事件が起きる。
「うわああああ!!!!!」
銀河はカバンを開けて悲鳴を上げた。
中に詰められていたのは――市松人形の首だった。
古ぼけた和人形の、半壊した顔。その黒い瞳がこちらを見つめている。
「 お 前 を 殺 す 」
恨めしそうな老婆のようなしわがれた声が確かに聞こえた。
ちなみに言ったのは銀河である。
銀河の変幻自在のボイスの効果は凄まじく、教室中がパニックになった。
「ひっ……あ……ああああ……っ!!」
その場に崩れ落ちる銀河。女子たちの叫び声、男子のざわめき。
だが当然、それは竜乃と紫藤による"演出"だった。
市松人形は緑山竜乃作の渾身の力作。
あまりに恐ろしくて銀河もカバンに入れるのをちょっとためらったほどの一品だった。
銀河は膝を抱えながら呟きはじめた。
「ボクは……悪くない……ちょっと、アカネのカバンに……呪いのお札、入れただけじゃないか……っ……ボクは、悪くない……」
ぶつぶつと呟き続ける姿に、教室の空気は凍りつく。
ちなみに小学校の頃にアカネのカバンに安産のお守りを入れてぶん殴られたことがあったことは一応書いておく。
「ごめん許してアカネ許して許してアカネ許して許して」
壊れた機械のように呟く銀河を見ても誰も止められるものはいなかった。
黒埼さんはもう怖すぎて半泣きどころか全泣きだった。
――――――――
翌日。
銀河の様子はさらにおかしくなっていた。
授業中にも関わらず、廊下の一点を見つめて震えている。
「? どうかしたの?」
隣の席の黒埼さんが心配そうに声をかける。
しかし銀河は何も答えず虚ろな顔で呟き続ける。
「きてる……きてる……あれは、アカネ……っ」
「え……?」
もちろんクラスメイトには何も見えない。
ちなみに銀河にも何も見えていない。
しかしどう見ても銀河は何かに怯えているようにしか見えなかった。
壮絶な演技力である。
1時間目 2時間目 3時間目 と授業が進んでいく。
そしてクラスメイト達の何人かが気が付いてしまった。
― 銀河の目線が徐々に近づいている ―
4時間目が終わる頃には銀河はもう震える様子で隣にいる何かを見上げるような恰好をしていた。
「アカネ許してアカネ許してアカネ許して」
そんなことを呟く銀河のことがクラスメイトは怖くて仕方なかった。
生徒たちが戸惑うなか、銀河は椅子を蹴倒して立ち上がった。
「やめろおおおおおおおお!!!!!あああああああああああ!!!!!!!!!!来るな!!来るな来るな来るな来るなあああああああああ!!」
突如として叫び声を上げ、机を薙ぎ払いながら逃げ回る。
「アカネが!アカネが来るんだよ!!来るなああああ!!!」
狂乱のように暴れ回り、教師が止めに入る間もない。
しばらく何かから逃げ回った銀河は最終的に白目を剥いて泡を吹いて倒れた。
教室は絶叫と混乱に包まれる。
救急車のサイレンが校庭に鳴り響く中、運ばれていく銀河。
残されたクラスメイトたちは、誰一人として声を出せなかった。
中学生が受け止められる恐怖の許容量を遥かに超えていた。
―――――――
一方その頃学校の屋上には教室を見下ろしていた二人の少女がいた。
緑山竜乃と、紫藤絵馬。
「……イヒヒ。いや笑っている場合ではないな。流石にあれはちょっとやりすぎではなかろうか?」
「うん……流石にドン引き……」
先ほどの惨事は当然すべては銀河自身の“演技”だった。
泣き喚き、叫び、暴れ、白目を剥いて倒れるまで。
完全なる“舞台演出”だった。
全て演技と分かっている緑山と紫藤でさえ恐怖で身体が動かないくらいの凄まじい演技だった。
それを間近で見せつけられたクラスメイト達の心境はいかほどだっただろうか?
察するに余りある。
―――――――
そして、次の日。
郊外のカフェ。青崎銀河はフルーツパフェをつつきながらにっこりと笑っていた。
「いやあ、完璧だったね! もうこれで学校行かなくていいから、自由だよ、自由♪これで当分動きやすくなったね♪」
「イヒヒヒヒ!!銀河殿の演技凄まじかったでござるなあ!!」
「…うん。普通にドン引き。あいつらが少し気の毒」
銀河は二人の視線に首を傾げた。
「えー?なにそれ、褒め言葉?」
紅茶を飲みながら、笑顔で言い放つ。
「とりあえずこれでボクは舞台の外側に立てたって訳さ。さぁ次の演出、張り切っていこうか!」
その言葉に、竜乃と絵馬は思わず顔を見合わせた。
こんな怪物に狙われたイジメ加害者たちが少しだけ気の毒になった。
それでも復讐の幕はまだ下がらない。
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