第11話 金討ち

放課後の教室。

日が落ち、薄暗くなった教室にはまばらに残る生徒たちの長い影が伸びていた。。


その教室の隅には青崎銀河が不安そうに膝を抱えて座っていた。

そんな銀河を金村は心配そうに見つめている。


「あ、青崎さん大丈夫ですか…?」


「あ、金村君。は、はは。怖くない、と言ったらウソになるかな?」


銀河は気丈に笑った。


「だ、大丈夫ですよ!青崎さんは何もしていないのですから!」

「……」


銀河は気まずそうに目を逸らした。


「あ、青崎さん…!?」

「い、いやいや大したことはしてないんだよ!?ただアカネって目立つでしょ?だからつい…」


銀河はそう言って目を伏せた。

誰がどう見ても大したことない、なんてレベルじゃないことをやらかしている人間にしか見えない。

迫真の演技である。


「…こ、怖いよ……。次は、ボクなのかな……」


小さな声。震える肩。

それを見た金村は宣言する。


「……青崎さん、大丈夫です。ボクが……絶対に守りますから!」


強く言い切った金村は銀河の手を取った。

その熱を感じた銀河はわざとらしく潤んだ目で彼を見つめ返した。


「金村くん……お願い、ボクを守って……」


「はい…!ボクに任せてください!必ず“真犯人”を突き止めます!青崎さんは何も悪くない…ボクは知ってます!」


握りしめた拳。

その顔には愛と決意が宿っていた。


(バカなヤツだ)


その愛と決意を踏みにじろうとする存在が、目の前にいることに気が付かないというのだから。



―――――



翌日の放課後。金村の調査結果の報告会が行われることになった。


彼は寝不足になりながら調査に明け暮れた。

クラス中のLINEグループ、過去のSNS投稿、ネット掲示板、噂話――。


その結果これまで始末されてきた連中の悪事は見付かった。

恐らくアカネに想いを寄せる誰かに復讐された可能性も考えられた。


しかしそれが誰なのかはどうしても分からなかった。

客観的に見れば明らかなのに。


金村の目は曇っていた。


視聴覚室でプロジェクターの準備をしながら、金村は小さく呟いた。

期待していた成果は得られなかった。

それでも彼は諦めなかった。


「青崎さんは俺が守る。青崎さんを傷付けようとする人間は俺が許さない。俺にできることは……信じて、報告することだけだ……」


その想いを胸に、彼はスクリーンを操作した。


そのとき銀河が静かに入ってきた。

隣には何故か黒埼さんまでいる。


「……ごめん、お待たせ」


金村は振り返って満面の笑みを浮かべた。

と、何故か隣にいる黒埼さんを見て首を傾げていた。


「来てくださってありがとうございます青崎さん!それであの…」

「あ、黒埼さんには怖かったので付いて来てもらったんです…ダメでした?」

「あ、あはは…。私なんて何の役にも立たないと思うけど…」


黒埼さんは苦笑いである。

本当は金村なんかと二人きりになりたくなかった銀河のワガママなのだが、巻き込まれた黒埼さんは本当に気の毒だった。


準備は整った。


銀河の目がふっと細くなった。


こいつはアカネの綴った言葉を無断で晒しモノにした挙句、笑いやがった。

イタイ奴だと、気持ち悪いと、ボクに向けて綴ってくれたアカネの言葉を侮辱しやがった。



万死に値する。



復讐劇の舞台は、今まさに幕を開けようとしていた。


―――――――――


放課後の視聴覚室。

教室の灯りは落とされ、スクリーンが青白く浮かび上がっていた。


中央には一人の少年――金村健司が立っている。

その表情は緊張と期待に満ち、頬はやや紅潮し、手元のリモコンを何度も握り直していた。


スクリーンには「3年A組・最近の事件の調査報告」と大きく映し出されている。


「銀河さん……ボク、皆が言ってる“復讐”とか“呪い”とか、絶対に信じなかったんです。でも……やっぱり、あなたが疑われてるのが悔しくて……だから調べたんです。必ず、あなたの無実を証明します!」


銀河は小さく微笑む。


「ありがとう。信じてくれて、嬉しいよ」


その笑みに、金村の目は潤んだ。


「……では、報告を始めます」


どこか好奇心を押さえきれないような視線が集まっている。

金村はリモコンを操作し、スクリーンを切り替えた。

そこにはこれまでの被害者達の行ってきた蛮行がまとめられた資料が映ることになっている。



はずだった。



次の瞬間、表示されたのはまったく違う画面だった。




♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


「銀河へ。今日も息をしてくれてありがとう」


銀河へ


おはよう。今日も君が生きてて、呼吸してくれて、本当にありがとう。

ボクはそれだけで今日も頑張れるよ。


君が昨日、笑ってたのを見た。

それだけで、ボクの鼓動がいつもより3回多く打ったんだ。

それ、君のせいだよ?


ボクね、最近気づいたの。

もしかしたら前世、ボクたち夫婦だったんじゃないかなって。

だって、こんなに人を想えるの、ただの偶然なはずないから。


君の未来に、ボクがいますように。

君の一秒でも、ボクのものでありますように。


…それじゃ、また明日、同じ空気を吸おうね。


金村健司より


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


金村のエアラブレターが読み上げられていく。

他ならぬ金村自身の声で。

実に気色の悪い猫撫で声だった。


金村が固まっている。

銀河も固まっている。

黒埼さんも固まっていた。


と、しばらく画面を見ている金村が慌て出す。



「え、いや、これ、なんで、ちがっ」

「あ、あの金村君?これってキミが・・・?」

「違うんだ!!」


金村の慌てようから何も違くないことが見ていた黒埼さんにも分かった。


金村が慌てている間にも画面は次々と切り替わる。



♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


「結婚記念日の練習をしてみたよ」


銀河へ


昨日はボクらの結婚記念日でした(※想像の中で)。

記念にケーキを買って、二人分用意して、君の代わりにぬいぐるみに話しかけました。

銀河ってて、チョコケーキ好きだったよね?(※笑った時、チョコ色の目をしてたから)


君の誕生日も勝手に決めたよ。

ボクには何故か教えてくれなかったから。

初めて君を見た日、それがボクの世界の元旦だから。


…もし近い将来、付き合うことになったらこの手紙を見せようと思う。

今はまだ、早すぎるよね。うん、わかってる。


でも、銀河。

ボクは、君と家族になるために生まれてきたんだって信じてるよ。


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡



「ボクの中で、君はもう永遠」

銀河様


今、君がどんな顔でこの手紙を読んでいるか、想像すると嬉しくて体が震えます。


最近は、君の爪の形をノートにスケッチして、何百回もなぞっています。

君の声を思い出すと、知らないうちに涙が出てくる。

ボクの細胞ひとつひとつが、君を求めている。


ねぇ、銀河。

今度ボクの夢に出てきてくれない?


朝起きたら、枕に涙と君の名前が残ってた。

それだけで生きていけるけど……やっぱり、本物の君が欲しい。


いつか君が誰かと結婚する日が来るなら、

その隣に立ってるのがボクじゃないと、イヤだよ。


それまでは、ボクの中で結婚してようね。


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


「……」

「……」

「……」


ドン引きである。

ちなみにこの晒しはモチロン紫藤絵馬の手腕によるもので、ボイスは銀河が読み上げたものだ。

銀河は吐き気を催しながら朗読していた。

気色悪いにもほどがある。

しかし銀河は我慢した。

これはこいつらを地獄に落とすために必要な作業だと割り切ってなんとか読み上げた。

諸刃の剣というヤツである。


「ま、待って……これ、違っ……! これ、誰が……!?」


スクリーンには次々と金村のブログ投稿、ポエム調のラブレターが流れていく。


「銀河さんは天使 でも誰にも渡したくない」

「銀河はボクのモノ。今すぐ抱きしめてキスしたい。食べちゃいたい。消化したい」


「うっわあ…きっしょ…」


黒埼さんが引いていた。

あの天使のような黒埼さんがきっしょというだけのものがそこにはあった。



「ちがっ、これは違う!誰かが、僕のパソコンを……!」


金村が必死にスクリーンを消そうと近づくが、銀河が立ち上がって、ぴたりと彼を見た。


「ねえ金村君」


金村は動きを止める。


「これってキミが書いたの?」


銀河は笑顔だった。

もしかして……俺の気持ちが受け入れられた?

ここにきて一発逆転ホームランがあったとは。

金村は満面の笑みで返す。


「はい!銀河さんのことを思ってボクが書きました!どうでしょうか?」


銀河はそんな金村を見て微笑む。

それに釣られて金村もほほえんだ。

銀河は一言。



「きっっっしょ」


とだけ言った。

金村の動きが止まった。


「……え、ぎ、銀河……さん?」


「どうでしょうか?って訊かれたからね。正直に答えてあげましょうか?」


青崎銀河は息を吸うと一気にまくしたてた。


「ほんとにびっくりしちゃったんだけどさ今の気色悪いのなに? あれが“愛の言葉”とか“恋文”とか、そんなつもりだったの? あんな、粘ついて気持ち悪い妄想と支配欲と自己陶酔の塊みたいなやつを?ねえ金村くん、君、自分がどれだけ気持ち悪いか自覚ある?“君の爪の形をスケッチして毎晩なぞってる”? それストーカーだよ? 犯罪者の発想なの。“君が夢に出てきた日はシーツを洗えない”? それをどうして人に見せられると思った? 何の罰ゲーム? 誰が得するの?勝手に名前を崇めて、勝手に理想を押し付けて、勝手に“青崎銀河”という偶像を自分の妄想で作って、それに恋して満足して、それで本人に“わかってもらえる”って本気で思ってたの? ねえ、どこまで自己完結してるの? アタマの中、お花畑にしても雑草しか生えてないんじゃない?君に好意なんて1ミリもない。というか、そもそも“人として”見てなかった。

ボクにとって君は“景色”で、“通行人A”で、“キモいブログを書く気色悪い生き物”でしかないんだよあとさ、アカネに主役が渡ったことでボクに怒ってたって誤解してたみたいだね?笑わせないでよ。お前なんかがアカネにどうこう言えると思わないでよ低能不細工。全部勝手に脳内再生して、都合よく編集して、“ボクにふさわしい存在”だって思い込んでたんだよね? マジで引くわラブレターってさ、本来は勇気と誠意で書くものでしょ?でも君のは違う。“支配したい”っていう下心と、“感動してほしい”っていう自己愛と、“拒否されたら逆ギレする”っていう脆弱さでできてる。ほんと、きっしょ。心の底からキモい。愛してるって言えば何でも許されるとでも思った? 君のそれ、愛じゃない。ただの“呪い”だよ。わかったら、もう二度とボクに話しかけないで。視界にも入らないで。あと“青崎銀河”って名前、今すぐお前の語彙から消して。お前に呼ばれると、名前まで穢れるから」


罵倒はあと20分ほど続いたが割愛する。

黒埼さんに後ろから抱きしめられながら『やめたげてよお!!』と言われなかったらあと1時間は罵倒し続けていただろう。


金村は灰のようになっていた。


残念だ。


逆上して襲い掛かってきたらもっと人生終了させてやれたのに。



――――――――


「………」


金村はもう何も言わなくなっていた。

一応これでも銀河を想う気持ちだけは本当だったのだ。

ただ彼の性格がこの上なく気色悪かっただけで、彼自身には悪気はない。

気色悪いラブレターを勝手に書くのは法律で認められた権利なのである。

表現の自由というヤツだ。


真っ白になった金村を見て銀河は微笑む。


(ざまあみろ)


勝手にこちらに惚れて勝手にアカネを攻撃した報いだ。


「さ、クロちゃん帰ろうか?」

「う、うん、そうだね……え」


黒埼さんがスクリーンを見て固まっていた。

そして悲鳴を上げる。


「きゃあああああああ!!!!!」


そこには大きな赤い文字でこう書かれていたのだった。


 「青崎銀河 次は貴様だ」


───


翌日。


金村健司は学校に現れなかった。

机の中は空で、ロッカーにも荷物はない。

そして職員室の前には、「保護者より退学の申し出あり」との貼り紙。


教室には、銀河が静かに座っていた。

怯えたように机に突っ伏している。

そんな銀河を黒埼さんは心配そうに見ていた。


「……次はボクなのかな……?」


次はボクも何も昨日金村をやったのはお前である。

何を図々しいことを言っているのか、と思う人間はこの場にはいなかった。


「ああ、どうしよう、どうしよう……」


青崎銀河は震えていた。

歯はガチガチと合わず目の焦点は合っていない。


そんな銀河の様子を見て残りの田中、館山、角田の三人は『ざまあみろ♪』という思いで一杯だった。

すでに銀河の術中にはまっているとも知らずにバカな連中である。

銀河に『ざまあみろ♪』と思うということは、それすなわち今回の騒動の主犯の容疑者リストから銀河を外してしまっていることに他ならないのだ。

このことにも気づかないなんてまるで白痴のような連中である。


(さあ“恐怖のショー”の始まりだよ)


まだまだ復讐の舞台は続いていく。

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