第13話 飛んで火にいる

教室の席が、目に見えて空いていく。

それはまるで“感染”のように、静かに、しかし確実に進行していた。


角田隆は教室を見渡す。

もう机は空きばかりで生徒はまばらに残っているだけだった。


今、この3年A組に残っている生徒は――わずか13人。


館山飛鳥とその腰巾着男たちが4人、

田中怜王とそれに尻尾を振る女たちが4人、

角田隆と、取り巻きというには寂しい1人の友人、

そして、何の罪もない黒埼さん。


毎日ガタガタ震えながら登校している黒埼兎姫を見て、角田は呆れていた。


(皆勤賞のためって……なに考えてんだあの女)


こいつも確かもう推薦で高校は決まっていて、今更内申点を稼ぐ必要も無いはずだった。

だがそれでも来ているという事実はどこか角田の心をざわつかせた。


“まさかコイツが?”


そんな声が、心の奥底から微かに聞こえてくる。

見るからに怯えている小物にそんなことする勇気などあるはずがない。

角田は首を振った。


どうやら自分も少しずつ心が弱くなっているのかもしれない。

この鍛え上げた肉体にかかればあんな女など恐れることはないだろうに。

角田隆はひたすら空手で身体を鍛えている、いわば体力バカだった。

しかし体力バカなだけあって頭を使うのは極めて不得手である。

そのため恐ろしくアホで、呪いとかタタリとかは苦手なのである。


「あのアカネの呪い…?」


冗談ではない。

ありえない。俺はおかしくない。


宝立アカネ。


全部の元凶。全部の始まり。あのクソ被害者ヅラ女。


今さら復讐だなんて笑わせる。

――そんなもの、許されてたまるか。


文化祭のあの日のことを思い出す。

思い出すだけで怒りが込み上げてきた。


模擬店の最後の一杯のカレー。

俺が食おうと思っていた矢先、あの宝立アカネが注文しやがった。

おかげで俺は食えなかったんだ。

到底許せん。


あの時のムカつきは、今でも鮮明に思い出せる。


(あれは……俺のカレーだったんだ……)


些細すぎる逆恨みだと?

違う、違う。あれは侮辱だったんだ。

俺に対する明確な敵意、攻撃、人格否定である。


そして、俺は“正当な報復”として、アカネにちょっかいを出した。

授業中に机を蹴ってやったり、通りすがりに小突いてやったり、体育の時間には――


(そう、あれは面白かったなぁ……)


体育倉庫の片づけをしているアイツを閉じ込めてやった。

泣きながらドアを叩くアカネの声。


「出してよぉ……お願い……誰か……!」


震える声が、コンクリートに反響していた。

情けない声があまりに愉快でゲラゲラ笑ってしまった。

角田はその音を録音すればよかったと後悔していた。

あるいは、あの時一緒に倉庫に入っていれば、もっと楽しめたかもしれない。


(……今さら、あいつが“祟ってる”とか笑わせんなよ)


けれど、銀河が消え、金村が消え――

“何か”が、確実にこの教室を蝕んでいることだけは否定できなかった。


角田は必死に考えた。

そして結論を出す。


俺が犯人を見つけて、潰す。


きっと誰かが“アカネに成り代わって”復讐しているんだ。

最初はアカネに気があった田中の仕業だと思ったが、あいつも今やオドオドしているだけ。


(あれはただのビビってるだけの腰抜けだ。あんな奴にこんな真似はできねえ)


じゃあ、他の誰か――。


そしてある噂を耳にした。


「放課後、3階の一番奥の空き教室で、残党が集まってるらしい」

「“何か”やってるって話」

「あそこ、使われてないから、音も気付かれないし……」


角田の目が光った。


「お前らその話聞かせろ!!」

「え、な、なんですか…?」


そいつらから詳しく話を聞く。

聞けば3階奥の空き教室で誰かが集まって何かをしているらしい。

あそこはもう誰も使っていないし、何かを企むなら打ってつけである。


間違いねえ。

これだ。

ここで証拠を掴んで、担任に突き出してやる。

もしくは、ネットにアップして“炎上”させてやる。


取り巻きを1人の男を誘い、放課後の校舎へと潜入する。


3階最奥の空き教室。

扉にはカーテンが掛かっていて、中の様子は伺えない。


中に入る。

やや埃っぽいように感じたが、奥の机で確かに誰かがいたような形跡があった。

角田とその舎弟は部屋の中に入っていく。


「よしいくぞ!ついて来い!」

「はいでヤンス!」


角田たちは教室を見渡す。

どこかに隠れる場所はないだろうか?

すると隅にある掃除用具ロッカーが目に付いた。

ここに入って身を隠して、誰かが入ってきたらとっ捕まえてやろう。

口は割らないかもしれないが何発かぶん殴ればすぐに白状するだろう。


(ふふ……今に見てろよ……)


尻尾を出すのを待つ。

俺と舎弟のヤスはロッカーの中に入った。


ロッカーの中は狭い。

掃除用具はもう入っていなかったが、男2人も入るといっぱいいっぱいだった。

これが女なら楽しかったものを。

なんなら宝立アカネを押し込んで一緒に入ってやればよかったかもしれない。

そんなことを考えて暇を潰していたが、一向に誰か来ることはなかった。

時刻は18時。

もうロッカーに入って2時間になる。


「…帰るか?」

「そうでヤンスね」


やれやれどうやら今日は外れだったようだ。

それとも先ほどの噂がデマだったのかもしれない。


俺としたことが慌ててしまったようだ。


ロッカーから出ようとする。


と。


ガチャガチャ


「ん?」


ガチャガチャガチャガチャ


ロッカーの扉が開かない。


「お、おいおい!!!」


慌ててロッカーの扉を開けようと何度も何度も扉に手をかけるが、扉はビクともせずに全く開くことはなかった。


「お、おい!!誰か誰か助けてくれー!!」

「助けて下さい!お願いしますー!!」


ロッカーがガタガタと揺れていた。



そんなロッカーを眺める3つの影。


言うまでもない銀河と竜乃と絵馬のいつものメンバーだった。

彼女達は靴を脱いで気配を消して教室にやってきたのだった。


こいつらが教室にいることなどもちろんお見通しである。


ロッカーは竜乃と絵馬によって硬くロックされており、内側から開くことは決してない。


『そ、そうだ!スマホだ!助けを呼ぶぞ!!!』


ロッカーの中から声がする。


『クソ!スマホが使えねえ!なんでだチクショウ!』


紫藤は思わず笑ってしまった。

スマホなど当然対策済みである。

ジャミング用の機械を近くに置いているため、スマホを使うことはできない。


『なんでこうなった!?角田さんの作戦完璧じゃなかったんですか!?』

『うるせえ黙ってろ!絶対あの女だ!アカネの呪いだ!』


見苦しい言い争いをする醜い獣が2匹。

見ている分には最高の娯楽だった。


「あはは、せいぜい苦しめバーカ」


銀河はニヤニヤとロッカーを眺めると竜乃と絵馬を引き連れて無言で静かに去って行った。


あとにはガタガタと振動するロッカーが残るのみ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る