KAC20254 夢と封じられた現実

久遠 れんり

夢と記憶と旅

「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」


 そうあの夢だ……

 暗闇、どこか崖の上に立ち、下を見ている。

 当然見つめても、崖下は真っ暗で何も見えず、場所に記憶は無い。

 だけど、見たことがある様な気もする。


「あなたどうしたの?」

「いや夢を見て……」

「どんな?」

「ただ、どこかに立っているんだが、それがどこなのか記憶にない」

「なんでしょうね? まあ判らないなら、気にしなければ良いんじゃ無い」

「そうだな」

 四十年連れ添っている妻は、そう言ったが、なんと言うのだろう。

 分かりそうで分からない、もやっとした気持ち悪さ。


 先日、去年あった臨時収入分を、確定申告しなければいけないと、カードリーダーやソフトを買い込み、計算を始めるとマイナスだったときの残念感とも違う。



 数日考えたが、俺はその場所を探しに行こうと決めた。

 なんとなく確証はないが、昔行ったどこかの記憶が残っているのだろうかと、なんとなく思ったからだ。


「ちょっと旅行にでてくる」

 軽い感じでそう言ったが、当然そんなものは許されない。


「どこへ行くの?」

「どこだろう?」

「一緒に行くわ」

 当然こうなった。


「先ずは、山から海へかな」

 昔の記憶、適当に覚えがあるところを回る。


 だけど、現地に行くと様変わりもしているし、有名なところには外国人が湧いていた。


「すごいわね」

「ああ、インバウンドだと聞いていたが、予想以上だ。だけどまあ、良くも悪くも、アメリカ大統領のおかげで円が高くなっている。もう少ししたら下火になるんじゃないか?」

「それが良いかも、何でも限度というものがあるわ」

 妻がそうぼやくのには意味がある。

 今回、予約を取ろうと思ったのだが、なかなか宿が取れず、さらに値段も爆上がりだった。


 それでも、妻との旅行は意外と楽しかった。


 子ども達も家を出て、暮らしは二人となったが旅行はしたことがなかった。


「二人で旅行なんて、何時以来だ?」

「初めてじゃない、あの頃あなたもリハビリ中で新婚旅行も行っていないし」

「そうか……」

 そう丁度結婚をしたとき、俺は怪我をして退院をしたばかりだったし。

 見舞いに来て、甲斐甲斐しく世話をしてくれる彼女に、俺は惚れて求婚をした。



 そこでふと思う、この思い出の地は誰と?

 ひょっとして、嫁さんと来たのはまずかったのでは?

 そんなことを考えて、少し冷や汗が流れる。


 そう事故の後遺症か、ある時期の記憶が俺には無い。


 だけど、予定はもう組んである。

 少し、おびえながら俺達は旅を続ける事に。


 まあ、おびえは杞憂で、すこぶる機嫌の良い妻と各地を回る。


 そして、伊豆へ。

 伊豆は溶岩が流れ込んだ海岸を、波が浸食してリアス式の入り組んだ溶岩岩石海岸となっている。


 そう各地にリアス式海岸はあるが、駅も近くお手軽だ。


 有名な門脇かどわき吊り橋なども見たが、昼間はここも人が多い。


 ある程度散策をして、俺達はホテルに戻った。

 風呂に入り、少しリッチな食事を取る。


 妻と、残り少なくなったコースを見ながら見たいところにピンを立てる。地図アプリは本当に便利だ。


 そうして、暗くなった海岸に向けて散歩に出る。

 そう昼間、気になる所があった。

 明るいとイメージが違ったのか、それとも場所が違うのか?

 少しだけ気になった。


 だけど、行ってみると、夢と重なる。

「此処だ。でもなんで?」

「そうね。幸せだったのに。思い出すなんて……」

 その声は……


 少し悲しそうな妻の顔。

 俺は落下しながら思い出した。


 あの時も落ちた。

 いや落とされた。

 その時付き合っていた、彼女凪紗なぎさと共に……


 彼女と二人、旅行に来ていた。

 この崖で、いちゃつきながら海を見ていたら、彼女が突き落とされた。あわてて俺は手を伸ばし、一緒に落ちたのだが、執念で生き残った。

 それなのに、記憶を失い。彼女を殺した女と、長い月日を幸せに暮らしていた。


「幸せだったよ」

 俺は、呪いとも言える言葉を、彼女に残す……

 悔しいが、年月は恨みを多少風化させたのかも知れない。

 だけど……

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KAC20254 夢と封じられた現実 久遠 れんり @recmiya

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