11日目の夜
11日目の夜
「ねえ祐希」
「なに?」
彼の体温を胸に感じながら、布団の中で私は言う。
「本当にお祓いするの? お義父さん、祐希のこと心配してるだけかも。悪い女に騙されてないかって」
「もしそうならお節介だよなあ……いつまでもガキ扱いしてさ。ね? もしかしたらさっきの理沙の恥ずかしい姿も覗いてたのかも?」
「もう!やめてよ!」
しばらくじゃれ合ってから、祐希が再び口を開いて言う。
「もし良い霊なら、祓っても天国にいくっていうか、成仏すると思うんだよね。だからやっぱりお祓いしてもらおうと思う。俺はもう大丈夫って仏壇にも報告するよ。それにこれが終わったらさ、二人で親父の墓参りに行こうよ? 理沙のこと、ちゃんと報告したら、親父も安心するだろうし」
「うん」
思わず涙を流す私の頭を祐希が優しく撫でた。
その日の夜も夢を見た。
お義父さん。祐希さんを必ず大切にします。
祐希さんをここまで大事に育てて下さってありがとうございました。
そう心の中で祈って目を開くと、お義父さんは泣いていた。
怒りの形相を浮かべ、血の涙を流しながら、恨めしそうに、呪いを籠めて、こちらを見据えて泣いていた。
「嫌ぁぁぁあああ!!」
気が付くと私は手足をバタつかせて叫んでいた。
「理沙!? 理沙!? 大丈夫。大丈夫たがら……!」
「祐希……やっぱりお祓いしよう……お義父さん、血の涙を流してこっちを睨んでた……理由はわからないけど、きっと私、お義父さんに恨まれてる……」
「わかった。わかったから落ち着いて。俺が理沙を守るから。大丈夫。大丈夫。大丈夫……」
彼に抱きしめられながら、私はしばらく泣いていた。
泣きつかれて眠り、目が覚めると、彼は仕事に出かけた後だった。
『明日は仕事休みを取ってるから。お祓いが済んだらお墓参りに行こう』
テーブルに残された置き手紙とサラダを見て、心が落ち着いた。
気を取り直してトーストを焼き、コーヒーをドリップして、私は軽い朝食を済ませた。
お義父さんはどうして私を恨んでいるんだろう?
考えても答えは出ない。
それにお義父さんが現れるのは夢だけで、家の中におかしな様子は一つも無かった。
あの日、物置で見たのもただの幻だとすれば、お義父さんは現実には何もしていない。
そう考えれば、怯えるばかりではなく何かヒントになるものを探しても良い気がした。
私はお皿を片付けて、家の中調べて回ることにした。
玄関を入ってすぐの廊下には何も無い。
物置とリビングに続く扉が二枚と、階段があるだけ。
リビングにはテーブルと椅子。
それからソフアとテレビとテレビボード。
小物やタオル、文具が入ったキャビネットも新しく私達の生活圏にヒントになりそうなものは無い。
リビングと一続きのダイニングキッチンも同様だった。
あるとすれば物置部屋と、二階の寝室、そして二階にもう一部屋ある、お義母さんの部屋くらいだろうか?
二階に上がって、お義母さんの部屋の戸口に立った。
「失礼します……」
わずかに罪悪感を抱きながらも、私はそうつぶやいてから戸を開けた。
よく整理された部屋には小さな机と洋服ダンス、それに押し入れが一つあった。
机の引き出しを開けると、中には友人からの年賀状が入っているだけで、たいしたものは見当たらない。
押し入れの中も畳まれた布団と衣装ケースがあるだけでおかしな点はなかった。
ただ、おかしな点もなければ、生活感も無いのが気にかかる。
几帳面な祐希が全て片付けてしまったからだろうか?
結局残っているのはあの物置部屋しかない。
何となく怖くて躊躇していると、エプロンのポケットに入れたスマホが震えた。
画面には非通知の文字が光っていた。
嫌な汗が噴き出してくる。
部屋が呼吸しているのか、自分の身体が伸び縮みしているのか分からないような錯覚。
固まっているうちに、スマホは震えるのをやめてしまった。
安堵したのも束の間、留守電の音声案内が再生されて向こう側の誰かが口を開くのがわかった。
「ごぼごぼっ……ぐぼごぼご……ごぼごぼごぼ」
くぐもった声。
水と空気の混じる音。
それは留守電に許された時間を目一杯使って、部屋の中に響き続けた。
出かけよう……
ここにいてはいけない。
そんな気がして、私は階段を駆け下りた。
一階について再び息が止まりそうになる。
リビングに続く廊下には、半分ほど開いた物置の扉が、まるで通せんぼするように立ち塞がっていた。
私はリビングにバッグを取りに行くのを諦め靴箱の上の鍵を掴むと、一人家を飛び出した。
「ただいま……」
「おかえり。大丈夫?」
「うん。ちょっと一人で家にいるのが怖くなっちゃって」
結局祐希が帰ってくるまで、私は図書館で時間を潰していた。
昼間の出来事をラインで伝えると、祐希は出来るだけ早く帰ると返事をくれた。
気を紛らわせようと雑誌を読んでも、内容がちっとも頭に入ってこなかった。
仕方なく私は、幽霊や怪現象について調べることにした。
心霊現象の本を片っ端から読んで、夢に現れる幽霊や怪異の多さに驚いた。
そこに共通するのは、何か予言めいたことを報せる為にそれらは現れるということ。
ただ、吉凶の区別は無く、予言の内容は様々だった。
祐希から帰宅連絡があり、私も家に帰ることにした。
二人で向かい合うように座ってお茶を飲みながら、私は今日調べた内容を祐希に報告する。
「図書館で調べてたんだけど、やっぱり何か伝えことがあるのかな……?」
「理沙に? いったい何を?」
「そこまでは分からないけど……なんとなく」
祐希は少しだけ考えてから、決心したように口を開いた。
「予言新聞って怖い話知ってる?」
「知らない……」
「不吉な予言が書かれてる呪いの新聞なんだ。それを読むと、自分が死ぬ記事が書かれてて、それが現実になるってやつ……」
それを聞いて心臓が萎縮した。
もし同じようなものなら……
「わかっただろ? 聞かないほうがいいメッセージってあるんだよ」
「そうだね……」
簡単な夕食を済ませてから、私はお風呂に入った。
シャワーの音を聞いていると、昼間の留守電が思い出されて恐ろしくなる。
お義父さんの魂は、今水の中にいるんだろうか?
黄泉というくらいだから、水の中にでも閉じ込められているのかもしれない。
もしそこからかけて来たのなら、恨みは忘れて早く成仏して欲しいと思う。
優しそうな写真の中のお義父さんを思い出して私は目を閉じた。
ごぼごぼっ……
その時、すぐ隣の浴槽から音がした。
恐ろしくて目が開けられない。
ごぼごぼという音は激しさをましていき、やがてくぐもった声が聞こえてくる。
「けて……たすけ……ゆ…き……祐希ぃ……」
祐希に助けを求めるような、切実なお義父さんの声を聞いて私は思わず目をあけた。
波立つ湯船の中には、誰もいなかった。
私は急いでそこから立ち去り祐希の元に向かい、濡れた身体のまま抱きついた。
「理沙……もしかして……」
「うん……お義父さん、きっとあの世で苦しんでる……水の中にいて、祐希助けてって、お風呂の中から叫んでた……」
それを聞いた祐希は私を抱き締めながら何度も頷いていた。
「わかった。苦しくて怖い顔になってるんだな……ちゃんと供養したつもりだったのにな……でも、多分明日のお祓いで親父も成仏出来ると思うんだ……怖い思いさせてごめんな……」
「ううん……優しそうなお義父さんだったのに……どうして成仏出来なかったんだろう……?」
「俺のせいだよ……イジメられてたし、きっと遺して逝くのが不安だったんだ」
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