12日目の夜

 12日目の夜



 その夜は不安でなかなか寝付けなかった。

 

 眠ると、またお義父さんの夢を見る。


 どんどん恐ろしくなるお義父さんの表情を思い出すと、次はどうなってしまうのだろうと、どうしても考えてしまう。


「眠れない?」

「うん」


 祐希はそっと私を後ろから抱き締めて首すじにキスをしてきた。


 ゾクリと身体の芯に痺れが走って、スイッチが入ってくる。


 それなのに祐希は意地悪で、いつまでたっても核心には触れなかった。


 指を撫でたり、触れるか触れないかくらいの力加減で太ももに手を這わせたり。


 やっと服の中に手が入ってきても、敏感な場所をほんの僅かに避けるようにして這い回る指先は、かえって意識を別の場所に集中させた。


 触れて欲しい。触れて欲しい。触れて欲しい。触れて欲しい。触れて欲しい。


 いつの間にか頭の中は、ピンク色の火花で埋め尽くされていた。


 もう耳に優しくキスをされるだけで、身体が大きく跳ね上がる。


 下着はずっと前からびちゃびちゃに濡れていて、太ももを擦り合わせずにはいられない。


 けれど祐希は私の足に自分の足を挟んで、わざと刺激出来ないようにした。


 ねっとりとした舌が、私の唇をすり抜けて上顎を舐めた。


 粘膜から侵入する強烈な刺激で、私は何度も身体を震わせてはしたない声を漏らす。


 焦らすようにパジャマのボタンを祐希に外されながら、期待に尖る自分の胸の先を見て耳が熱くなる。


 祐希の唇が首すじに触れ、再び大きく身体が跳ねた。


 優しいキスだけで何度も何度も押し上げられる。降りて来られなくなる。


 「あぁ……あぁ……」


 おもちゃをお預けにされた子どもみたいに、媚びた声が口をついた。


 

「どうして欲しい?」


 祐希が優しく問いかける。


「して欲しい……ちゃんと触って……」

「ちゃんとお願いして? どこをどうして欲しいの?」


 脇の周りを舐められながら、理性も恐怖もとっくに崩れ落ちた私は甘えた声で懇願した。


「乳首……乳首に……」


 言い終わるより先に、彼の歯が敏感な先端を刺激した。


 脳がスパークして、気が付くと私は叫んでいた。


 彼の太ももに濡れた陰部を擦り付けながら快楽に溺れる。


 やがて彼の手がオヘソの辺りにまで伸びていった。


 期待のせいで、思わず気が止まってしまう。


 けれど彼は再び胸に舌を這わせて私の思考を舐め取ってしまった。


 完全に無防備になったところで、彼の指が露出してぬめった核心を撫で回し、火花は頭の中で激しくバチバチと音を立てた。


 もう恥ずかしい声を抑えるなんて無理だった。


 気が付くと四つん這いになっていて、背中や胸の先に彼の指を感じながら、私は獣になっていた。


 彼の目論見通り、私は崩れ落ちるように眠った。


 甘い怠さを腹の底に残したま、ベッドに沈むように意識を失った。


 気が付くとそこはリビングで、椅子にはお義父さんが座っている。


 お義父さんはテーブルに置かれた何かを見つめていた。


 どうやらアルバムを眺めているらしい。


 よく見るとお義父さんの肩が震えている。


 また泣いているのだろうか?


「いけ……」


 低い声が聞こえて、思わず身が竦む。


 お義父さん……


 やはり声は出なかった。


「出て行けぇぇぇぇぇ!!」


 血涙に染まった顔で振り返り、お義父さんが唸り声を出した。


 同時にぼろぼろと歯が抜け落ちて、フローリングを跳ねる音がする。


 私は階段を踏み外すように真っ逆さまに奈落に墜ちて、悲鳴を上げながら飛び起きた。


「理沙!? 理沙!?」

「嫌、嫌ぁぁあ……!!」

「落ち着いて? 俺だよ? もう大丈夫だから」

「やっぱり私に怒ってる……お義父さん……私に出ていけって叫んでた……」

「大丈夫。大丈夫だから。理沙はここにいて大丈夫。今日はお祓いだから。もう大丈夫だから」


 白みかけた窓の外に目をやり少しだけ気持ちが落ち着いた。しっかりとお祓いして、供養もちゃんとしてもらえばこの悪夢も今日で終わる。


 トーストと目玉焼きとコーヒーで朝食を済ませてから、私達は住職さんを出迎えた。


 説明を求められた私は、ことの顛末を住職さんに全て話した。


「なるほど……確かに良くない気が残っていますね。それほど危険な気は感じませんが、理沙さんの仰る通り、よそ者が自分の家に住んでいると勘違いしているのかもしれませんね」

「親父はどうして成仏してないんでしょうか? 供養もきちんと行ってるのに」

「未練……だったのでしょうね……リフォームをした家もそうですが、息子のお嫁さんをその目で見られなかったことが」


 一通り話が終わり、住職さんを仏壇に案内するとほんの一瞬顔が歪みのを感じた。


「失礼ですが、なぜ物置に御仏壇を?」

「すみません。ここは生前親父の部屋だったので、ついここに」

「これはよくありませんね。暗いし、埃っぽく、陰気で、悪いものが溜まりやすい条件が揃っています」

「わかりました。これが済んだらリビングに移動させます。理沙もいいかな?」

「うん。私は全然大丈夫」


 住職さんは仏壇の前に正座して御経をあげ初めた。一緒に手を合わせていると、突然大きな音がし始める。


 どん……どん……バン……!!


 部屋の壁を殴りつけるような音と振動に怯えていると、住職さんは低い声で叫び始めた。


「若有衆生 多於淫欲 常念恭敬 観世音菩薩 便得離欲 悪霊退散……!」


 力強く叫んで手印を切ると、部屋の音がすっかり消えて、辺りが静かになった。


 住職さんはしばらく目を細めて辺りの様子を伺ってから、こちらに向き直り頭を下げた。


「これで問題ありません。もう悪さはできないでしょう」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「ただし、きちんと御仏壇は移動して下さい」

「はい。それはもちろん。あの、親父はどうなったんでしょう? やっぱり地獄に落ちたんですか……?」


 祐希が不安そうに尋ねると、住職さんは柔和な笑みを浮かべ答えた。


「いいえ。観世音菩薩の慈しみで成仏したはずです。出来ればこれから13日の間は、毎日お線香と御経をあげてあげてください」


 帰り際に御心付けを渡してから、私達はその足でお義父さんのお墓に向かった。


 線香の匂いが満ちる霊園で、仏花とお酒をお供えして手を合わせる。


「理沙です。ご挨拶が遅くなりました。祐希さんと結婚させて頂きました。どうか安らかにお休みになってください」


 雲一つない青空に、線香の煙が上っていく。


 お義父さんに届くようにと祈りを込めていると、肩に祐希の手が触れた。


「行こうか。また来ればいいよ」

「うん」


 帰り道、私達は少しだけいいイタリア料理のお店に寄って小さな法事の代わりにした。


 赤ワインでほろ酔いになりながら家に帰ると、どっと疲れが押し寄せてくる。


 適当にシャワーを済ませてから、私は一足先にベッドに崩れ落ちた。


 すぐに睡魔がやってきて、私は夢の中に堕ちていく。

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