10日目の夜
10日目の夜
また同じ夢を見た。
こちらを見つめるお義父さん。
恨めしげにこちらを見据える姿にゾクリと二の腕が粟立つ。
声を掛けようとしたけれど、夢の中の私は声を出すことはおろか、身体を動かす事も出来なかった。
金縛り……
身体が動かないことに気が付くと、突然息がくるしなくなり、私は自分の悲鳴で目を覚ました。
「どうしたの!?」
飛び起きた祐希に抱かれながら、私は呼吸を整える。
まだバクバクと鳴り続ける鼓動に怯えながら、私は祐希に寄りかかって言った。
「大丈夫。いつもの夢。金縛りになって、怖くなっちゃって……」
「何か変わったことは? 親父に何かされたとか……?」
「ううん。お義父さんはいつもと一緒。黙ってこっちを見てるだけ。話しかけようとしたら、息が出来なくなっちゃって……」
「なんでそんなこと……危ないよ……もうすぐお祓いなんだから、もうそんなことしないで」
大きく溜め息を吐き出して、項垂れる祐希に私は力無く「うん」と答えた。
その日の昼間過ぎ、彼は急用が出来たと言って家を出た。ついでに夕食の材料を買ってくると言い残して。
手持ち無沙汰な日曜の午後三時、私はすることもなく部屋を眺めていた。
確かによくよく観察すれば、リフォームの跡が見て取れた。
お義父さんとお義母さん、そして祐希はどんな家に住んでいたのだろう?
ふと気になって祐希が見せてくれたアルバムを探すことにした。
几帳面な祐希は、あの後すぐにアルバムを物置に仕舞ってしまったらしい。
普段は入らない物置の戸を開けると、中には冷たい暗闇が詰まっていた。
急に心細くなる。
慌てて壁を手探りして照明のスイッチを探した。
入って右手の壁を探ると、すぐに凹凸に手が触れて私は急いで電源をいれる。
部屋が明るくなると同時に、血の気が引いた。
ほんの一瞬だけ、部屋の真ん中にお義父さんの姿が見えた気がしたから。
壁の方を指差すお義父さんの姿が。
やめにしようかとも思ったけれど、どうにも気になってしまい、私はアルバムを探すことにする。
それにきっと、夢のせいで変に神経が昂ぶっているだけ。そのせいでおかしな幻を見たに違いない。そう言い聞かせる。
物置を見渡すと、部屋の隅にお義父さんの仏壇が置かれていた。
どうやら物置とは言っても、ここはお義父さんの部屋だったらしい。
他にも生前お義父さんが使っていたと思しき机や棚がいくつか目についた。
チーン……
仏壇に手を合わせてから私はアルバムを探し始める。
アルバムはちょうど、お義父さんが指さした壁に置かれたラックに並んでいた。
何となく薄気味悪く思った私は、出来るだけそこに近づかないように手を伸ばし、アルバムを掴むなり物置を立ち去った。
偶然に決まっている。
意味なんてない。
まるで自分を誤魔化すようにリビングでアルバムを開いた。
幼い祐希の姿や笑顔の家族写真が並ぶ。
幸せそうで、家族の風景の中に影は無い。
嬉しそうに幼い祐希を抱っこするお義父さんの姿を見て、何故か妙に安堵した。
やっぱり、悪い霊なんかじゃないと思えた。
パラパラとページをめくる手が止まり、私の背中に悪寒が走り抜ける。
顔が……塗りつぶされてる……
あるページを境に祐希の顔が、黒いマジックで塗りつぶされはじめたのだ。
中学を卒業するところでアルバムは終わっていた。
その間全ての祐希の顔が黒く塗りつぶされいる。
「なんで……?」
「見つかっちゃったか……」
突然聞こえた祐希の声に私はビクリと飛び上がった。
「祐希……帰ってたんだ」
「うん。用事が早く済んだからさ」
「これ……祐希が狙われてるんじゃ?」
そう言ってアルバムを見せると祐希は悲しそうに笑って言った。
「実はさ、小学校の高学年くらいから中学の間も、ずっとイジメにあってたんだよ俺」
「イジメ……?」
「うん。それで自分が悪いって思い込んで、消えちゃいたいって思ってたんだ。だから写真の中の自分を消してやろうと思って」
「知らなかった」
「かっこ悪いし、イジメられてた奴ってわかったら理沙に嫌われるかもしれないと思ったんだよ……」
「そんなことないよ……イジメる方が悪いに決まってるじゃん?」
祐希は力無く笑ってからアルバムに視線を落として言った。
「にしても親父もお袋も、なんでこんなの残しとくかな」
「大事に思ってたんだよ。祐希のこと」
それから私は祐希と一緒に夕食を作った。西日の差し込むキッチンに二人で並んで作るアスパラとベーコンのクリームスパゲッティは、いつもより優しい味がした。
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