第2話

 中に入ると、薄暗く、ひんやりとしている。


 方向がわからなくならないよう注意しながら、物陰に隠れて進む。


 「休憩処」と書かれた札が貼ってある部屋から、人の声がする。

 和室だろうか、障子戸の部屋だ。そうっと少しだけ開けて中を覗いた。


「……ですから、あなたがたは、死を逃げと捉えてはなりません。死はあたらしい魂を生み出すもの。とても価値のあることなのですよ」

 新興宗教の教祖みたいな人物が、項垂れる数人の前で話している。

 洗脳でもされているのか、泣き出す女もいる。皆、一様に生気がない感じがした。


「死を恐れてはなりません……」

 まだまだ話は続いていたが、そこで洗脳されてはたまらないので、早々に立ち去る。



 廊下を少し歩くと、どこかから水の音がした。

 音の方向を探す。

 その音は、「大浴場」と書かれた札が貼られているところから聞こえてきていた。


 そうか、ここは、銭湯か何かなのだな。そう思って、耳をすます。男たちが話しているのが聞こえる。が、水の音が激しいので、会話の内容までは聞き取れない。

 そうっと引き戸に近付き、少しだけ戸を開けた。


 「うわっ!!」


 大きな声をだしてしまった。


 おびただしい量の血が、床を流れて行っていた。そして、目の前に、逆さまに吊られ、血を流しているのは、人間……。


 腰を抜かして動けないでいる僕の肩を、ポンポンと誰かが叩く。

「いらっしゃい。見学者か?」

 振り返ると、体格のいい男たちが僕を囲んでいる。その手には血まみれのナタのような刃物。刀のような刃物を持った男もいる。

「いや……僕は……」

 言いかけてすぐ、何かを口に押し込まれ、口がきけなくなった。

 服を全部脱がされ、両手両足を縛られ、椅子に縛り付けられた。


「そこで待ってろ。もう一つ残ってるんでな」

 そう言うと、男たちは、今度は女を逆さ吊りにし始めた。まだ生きていて、抗っているようだ。

「お前が死にたいって言ったんだろ?」

「俺たちが手伝ってやるって」

 男たちは笑いながら女を吊り上げた。

「ヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴヴ!!」

 女が泣き叫んでいるのがわかる。

「やめろ! やめろ! やめてくれ!!」

 僕の声も、彼女と同じ。何の言葉にもなっていなかった。


「腕、もぐの、こいつ?」

「そいつ血抜きだけでいいって調理場が」

「ははは。あの、二の腕好きのお客さんのためだな、そりゃ」

「よかったなあ、生きたまま腕やら足やらもがれる奴もいるのによぉ」

 笑いながら、女に話しかけている。女は泣き喚く。僕の体の震えは止まらない。

「じゃ、やりますか」

「だな」


 バシュッ!! バシュッ!!


 血しぶきが飛び散った。勢いよく血が流れる。

 女は、動かなくなった。


「さあ、次はお前の番だ」



 

 ……目が覚めると、汗だくだった。

 

 あれから、僕も同じように殺された。しかし――待てよ、あの夢を見るのは9回目なんかじゃない。


「あの夢は昨日初めて見たんだぞ?……なんで9回目だなんて思ったんだ……?」


 ふと、スマホを手に取ると、昨日寝落ちするまで読んでいた、つまらない小説がそこにあった。

 素人作家が書いた、安物のホラーだ。

「これか……」

 そう、あんな悪夢をみたのは、全部こいつのせいらしかった。

「こんな気持ち悪いもの書きやがって!」

 僕は、途中まで読んだ、その小説を削除した。



 気持ち悪い夢を見た、と、彼女に電話する。


「あはは、そうなの? じゃ、今からこっち来る?」


 というわけで、彼女の家に行くことにした。

 途中にパン屋があったので、朝食を兼ねて、パンを幾つか買う。


 パン屋で会計を待つ間、ふと外を見ると、花屋があった。


「え? ここって……」


 パン屋を出て、辺りを見渡す。


 パン屋、花屋、喫茶店……ここは……。

「まさか……」


 既視感に目眩がして、電柱に手をついて座り込んだ。

「ふぅ……落ち着け。そんなはずないだろ。あれは悪い夢だよ、夢」

 自分に言い聞かせ、立ち上がろうとした時だった。



 自分が手をついている電柱に、マークが書かれたシールが貼られていた。



〈了〉

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あの悪夢 (『囚われる』番外編) 緋雪 @hiyuki0714

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