第2話 封印百年の祭典、そして予知の聖女の託宣

 王都の中央大広場は、白い陽光にまばゆく照らされていた。

 今日ここで執り行われるのは、魔神王が封印されてから丁度百年を記念する大祭典。

 色鮮やかな露店が並び、活気あふれるパレードが続く。その喧騒の向こうでは、夕刻に予定される式典に備え、貴族や騎士たちが集結していた。


「ハルト、整列場所はあちらだぞ。遅れるなよ」


 背後から声をかけてきたのは兄だ。マーズカータ家の長男にして、僕と意見を異にする人物。

 というのも、僕たちマーズカータ家は百年前の魔神戦争で “勇者を支えた熟練戦士” の末裔。それが縁で勇者の代替として研究された『魔法剣士』を唯一名乗り続けている。

 ただ、いつしかその立場は “名誉職” として形骸化し、今では儀式や行事で飾られるだけ――。兄は「悪くない」と言う。「家名と格式さえ守れば、十分に誇りを示せる」らしい。

 だけど僕は、せっかく受け継いだ剣と魔法を眠らせるなんて嫌だった。


(いったい、何のために魔法剣士を継いだんだろう……)


 そんなモヤモヤを抱えたまま、僕は整列区画に向かう。

 そこには来賓や騎士団、聖職者がずらり。王の演説と、封印を祝福する儀式が行われるという段取りらしい。

 さらに、父の姿もあった。かつて軍に出仕した『魔法剣士』だったが、時代に合わず武功を立てられずじまい。いまは名誉職の貴族として式典に参加する程度だ。


「ハルト、くれぐれも失礼のないようにな。これはマーズカータ家の誇りに関わる」


 父の言葉に、僕は曖昧に頷く。

 確かに、家名を守ることは大事かもしれない。でも、それだけじゃ物足りない――そんな気持ちが胸を締め付ける。


 王の挨拶が終わりかけた頃、それは起きた。

 広場の奥から人々のざわめきが起こり、観衆が左右に分かれていく。その隙間を、一人の少女がしずしずと歩いてきた。


 銀髪のロングヘアに、透き通るような白い肌。エルフ特有の長い耳がすっと伸び、その外見は十六、七歳ほどに見える。

 しかし、よく見ると衣装は白銀系のローブに、パステルカラーの繊細な刺繍が袖や裾に施され、胸元とベルトには金の小さな意匠が輝いている。

 ローブを軽く羽織った中には短めのドレスがのぞき、淡い色合いのタイツと足首丈のブーツ。

 さらに背中には羽衣のように透け感のある短マントがふわりと揺れ、まるで聖なるオーラをまとっているようにも見えた。

 少女の可憐さと、どこか威厳が同居している不思議な雰囲気だった。


「むむ……やけに人が多いのう。ふむっ、封印百年とか言うとったか? わしも長う生きたもんじゃわ……」


――まさかの“老人”じみた口調。

美少女の外見と落差のあるしゃべり方に、広場中が凍りつくような沈黙に包まれる。すぐに王都の聖職者が青ざめた顔で駆け寄ってきた。


「そ、そのお姿は……もしや“予知の聖女”……!? 百年前の伝説に出てくる……!」


 一瞬でざわめきが最高潮へ。

 百年を超えながらこれほど若々しい外見を保つなど、常識ではありえない。

 エルフの聖女―—彼女は「ほほほ、覚えておる者がまだおるとはの。良きかな、良きかな」と楽しげに笑い、その赤い瞳で周囲を見回した。


「わしにとってはつい昨日のことのようじゃが……ひい、ふう、みい……ほう、もう百年も経ったかの。時が経つのは何とも早いのう」


 王や貴族たちは呆気にとられ、息を呑むばかり。

 するとエルフの少女――予知の聖女は、ローブの袖口の刺繍をひらりと揺らしながら、軽く肩をすくめるようにして言った。


「封印がゆるみ始めておるのじゃよ。百年前に勇者が相打ちになってまで封じた魔神の王が、そろそろ目を覚ましそうでのう」


 観衆や騎士たちが騒ぎ出す。「勇者はいない」「いまさらどうすれば」と不安な声が飛び交う中、聖女は「ふむ……」とあたりを見回して、ある一点で目を止めた。


「おや……あそこにおるのは、マーズカータ家の子かや? ほれ、そこの若いのじゃ。うむ、そなたじゃぞ」


 指さされた先――僕と、隣の兄、そして父。

 兄が慌てて言う。「弟は初陣もまだでして、実戦経験などほとんど……」

 父も苦々しげに「わたしも若いころ魔法剣士として軍に出たが、武功を立てることは叶わず……」と付け足す。

 しかし聖女はむしろ面白がっているようだ。


「ほほう、なるほどのう。名誉職とは言うが……お主らの戦士マルスの後裔じゃろ? なら、捨てたものでもあるまい」


 その言葉に、僕の胸が熱を帯びる。

 確かに、祖父は百年前、勇者に付き従って魔神王を追い詰めた熟練の戦士――という由緒がある。

 だけど、いまの時代には魔法剣士など誰も必要としていない。そう思って諦めていたのに……。


「そなた、ハルトと言うのじゃな? ――ちょうど良い。実は『七聖女の血』があっちこっちに散らばってしまってのう。もし魔神王が復活したなら、そやつらを集めねば再封印など夢のまた夢じゃ。勇者がいない今となれば、誰かがやるしかないのう」


 兄と父が揃って「いや、それは……無茶です」と尻込みする。

 僕も戸惑いこそあったが、それ以上に胸が高鳴っていた。――せっかく授かった剣と魔法を、こういう形で活かせるのなら。ずっと感じていた葛藤を、いまこそ振り払うときなのかもしれない。


「ふふん……どうするかの? 若いの。やる気があれば、わしとしては面白いと思うんじゃが?」


 思わず声が震えたが、決意ははっきりしていた。

 兄は「落ち着け、馬鹿なことを言うな……!」と止めようとするし、父も「ハルトよ、まだ若いというのに……」と困惑を隠せない。

 けれど僕は、ここで立ち止まりたくはなかった。

 聖女がそんなやり取りを聞いて、「ほっほっほ、よいのじゃ」と嬉しそうに目を細める。


「若さとは素晴らしいものよ。名誉職だ何だと言われようが、動かねば始まらん。ふふ、わしも長く生きた甲斐があるのう」


 その瞬間、式典は大混乱に陥っていた。聖女の突然の告知、「魔神の王が復活する」という発表で、祝祭ムードは吹き飛んだ。

 しかし、僕の心はやけに晴れやかだった。――名誉職だと笑われても、ここで行動を起こさずに終わる方が嫌だ。


 数日後。

 王や貴族の混乱を余所に、僕は最低限の支度を整え、城門に向かう。すると、あの美少女エルフ――予知の聖女が待っていた。

 近づいてみると、ローブの織物は淡いパステル調の刺繍と金の細工が所々に散りばめられ、彼女の銀髪や赤い瞳を一層神秘的に引き立てている。

 背の低さに合わせた軽やかな短杖を携えているらしく、小さな鞘か何かを腰ポーチに挿している。

 一見すると“可憐な少女”なのに、立ち居振る舞いからは堂々たる威厳が漂っている。声をかけると、


「よく来たのう、ハルト。さあ、さっそく行くのじゃ。わしもひさびさに骨を動かしてやろうかの。ほほっ、まずは近場の迷宮を探ってみるかえ?」


——―やはり口調は老女。

それがなんというか、妙に可愛らしいギャップを生んでいる。


 兄も父も最後まで反対したが、今さら止める言葉を持たないようだった。僕はもう、魔法剣士としての道を歩み出す決意を固めているからだ。


「ハルト・マーズカータ、参ります。これ以上、何も成せないまま“名誉職”で終わりたくないので」


 眼前に広がる王都の城壁を抜けて、新たな世界へ――。

 増えすぎた聖女の血脈を探し、バラバラになった封印の力を集める。その長い旅が、ここで始まるのだ。


 エルフの予知の聖女は、ちょこんと首を傾げつつ、


「ふふ、頼もしいのう。お主が本当にやり遂げるかどうか、わしがしっかり見届けてやろうじゃないか」


と、楽しげに笑う。

外見はまるで十代の美少女なのに、呆けたように可愛い仕草と老人語尾が混ざる、そんな不思議な魅力を彼女から感じた。


「わしはシルヴェリカ。星見のシルヴェリカじゃ。よろしくな、ハルトよ」


――そう、封印百年の祭典は僕にとって、ほんの始まりだった。


この大迷宮時代に、魔法剣士の奮闘が本当に始まる。僕がどこまで行けるのか、それは誰にも分からない。

けれど、この両手で剣と魔法を振るい、世界を救う一助となれると信じたい。


 こうして、僕は頬を引き締めてエルフの聖女と並び、王城をあとにする。――深まる謎と、大いなる希望を抱いて。



登場人物紹介


ハルト・マーズカータ


 名誉職と化した“魔法剣士”の一族に生まれた青年。かつての勇者の代替として研究された魔法剣士だが、時代と共に実戦の場を失い、形式だけの存在となっていた。家の誇りを守る兄とは異なり、剣と魔法を活かせる場を求めている。

 冷静で知略を巡らせるタイプ。「誓い」による制約を利用し、魔法剣士としての技術で戦う。

 伝説の聖女シルヴェリカと出会い、迷宮探索を通じて“七聖女の血”を集める使命を託されることに。

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