増えすぎた聖女に頭を抱える名誉職の魔法剣士が、大迷宮時代で覚醒したら最強でした
明丸 丹一
第1話 プロローグ/モノローグ
僕の名はハルト・マーズカータ。
祖父は百年前の「魔神戦争」で勇者を支えた熟練戦士の一人だった。
勇者は剣と魔法を巧みに操り、聖女たちと共に魔神王を封印し、この世界を救った伝説の人物。
――その代替として研究されたのが『魔法剣士』という兵科だといわれている。
もっとも、実際には勇者ほどの力を得るのは容易ではなかったらしい。剣術と魔法の両立は難度が高く、当時の国王の要請で傭兵ギルドと黒檀の塔が勇者の代替としてスキルを継ぐ実権を試みたものの、時代が進むにつれ立場は有名無実化。現在では、僕のマーズカータ家だけが『魔法剣士の戦役貴族』として名を残している。
実際、その名声はほぼ形骸化していると言っていい。戦場では大規模な魔導槍の運用が主力となり、騎士たちが圧倒的な戦果を上げている。剣の腕も、魔法の火力も、いずれ専門家のほうが秀でているのが現実だ。そんな中途半端な存在として、魔法剣士は“名誉職”と呼ばれ、実戦よりも儀典や貴族の行事に駆り出されるだけ――そんな時代が、僕が生まれたころにはもう続いていた。
それでも、僕は幼いころから祖父の武勇伝を聞かされ、魔法剣士として鍛錬を重ねてきた。いつか勇者のように“人々を助ける誇り高い英雄”になれるはずだと信じていたからだ。
だが現実は厳しい。兄は「名誉職の魔法剣士として扱われるのも悪くない」と受け入れている。彼は慣例的な貴族の行事での立ち居振る舞いこそが家の役割だと割り切っているようだ。
正直、僕はそんな兄の姿に複雑な気持ちを抱いていた。名誉職であることに甘んじ、実戦に出ることなく武具を飾るだけ――それでマーズカータ家の名が守られるのかもしれないが、そこに“魔法剣士”としての意義は見えない。だからこそ、僕は漠然とした疑問を抱き続けてきた。いったい何のためにこの力を受け継いだのか、と。
勇者の時代は終わったのだ。
僕が生まれる数十年前からだろうか「大迷宮時代」の到来が人々に膾炙され始めた。魔神戦争後、世界のあちこちに出現した迷宮が次々と活性化し、貴重な魔法素材や鉱石が採れるようになったという。五十年以上経った今では、迷宮から得られる資源は軍事や経済の大きな柱となり、冒険者や傭兵も膨大な富を狙って迷宮へ潜るのが当たり前になった。
迷宮の内部は入り組んでおり、広大な戦場とは事情が違う。大掛かりな火力よりも、柔軟な戦闘能力が求められる――そう聞いたとき、僕はほんのわずかな希望を感じた。剣と魔法を両立する魔法剣士なら、そこにこそ活路があるかもしれない。
ところが、さらに不穏な噂が広まり始める。百年前に封印されたはずの魔神の王が、復活を窺っているというのだ。多くの人は「勇者の封印がそう簡単に破れるはずがない」と笑っていたが、そんな中、一人の巫女が王都に現れた。
――かつての“七聖女”の一人、予知を司る存在だという。彼女ははっきりとこう告げたらしい。
「魔神王の封印は緩み始めています。散らばった七聖女の力を集めなければ、復活を食い止めることはできない」
そして、その巫女が名指ししたのが、ほかでもない僕たちマーズカータ家だった。勇者の代替として制度化された魔法剣士の血脈こそ、新たな封印の要になり得る、と。
兄をはじめ、多くの貴族は「今さら魔法剣士の出番などあるわけがない」と鼻で笑う。僕も、このまま名誉職で終わるなら、何も言えないかもしれない。だけど、もし本当に祖先が勇者と共に魔神王を追い詰めたのなら、その事実を証明するためにも、僕が動くしかないのだ。
巫女の託宣は、「マーズカータ家の魔法剣士、ハルトよ。世界を巡り、散逸した七聖女の力を束ねよ」とはっきり示した。
大迷宮を渡り歩けば、封印を維持する手がかりが見つかるかもしれない。中途半端と揶揄される魔法剣士でも、狭くて複雑な迷宮なら力を発揮できる可能性がある。
兄は「馬鹿なことを」と呆れ顔だった。名誉職が形骸化していることなど百も承知なのに、さらに無理をして“実績”を追おうとするのが愚かだというのだ。けれど僕には、肩書きだけで終わりたくない想いがある。たとえ兄には理解されなくても、僕は先祖が築いた誇りを継ぎたい。
迷宮の地図を広げると、思いのほか多くの候補地が示されている。どこへ行くのかも定まらないが、動かなければ何も始まらない。封印が危ういのに誰も手を打たないのなら、最後の魔法剣士だと呼ばれても構わない――僕が行くべきだろう。
不安はある。魔導槍に比べて目覚ましい力が出せるわけでもなく、兄のように割り切って貴族として生きるのが楽かもしれない。でも、それではこの家名が持つ意味も、“魔法剣士”として積み重ねてきた自分の訓練も、すべて無駄になってしまうではないか。
今日、予知の巫女があらためて託宣を告げ、王の許可をもらった。
「ハルト・マーズカータ、あなたこそが魔神王封印の旅に出るべきです」
それを聞いた瞬間、心の中のくすぶりが一気に晴れた気がした。名誉職だと嘲笑を浴びても、これが僕のやるべきことなのだと。
その巫女は最後に言う。
「七聖女の力は世界に散らばっています。いずれ多くの聖女があなたを必要とするでしょう」
――なるほど、聖女の血統は、百年の時を経ればあちこちで分散しているのだろう。どうやら、簡単には終わらない道になりそうだ。
だが、それでもいい。兄は家を守る。それも一つの在り方だろう。だが僕は、魔法剣士として“何も成せなかった”と後悔するより、名誉職の看板を剥がしてでも自分の力を試したい。
こうして僕は旅に出る。大迷宮時代――賑わいと冒険が交錯するこの世界で、七聖女の力を集めなければならない。恐らく多くの波乱が待っているだろうが、これこそ“魔法剣士の本懐”を証明する機会かもしれない。
さあ、準備は整った。
名ばかりだと侮られようとも、マーズカータ家の名と魔法剣士としての誇りをかけて――僕はこの一歩を踏み出すのだ。
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