第3話 冒険者ギルドと、伝説級の聖女

  冒険者ギルド『白銀の羽根』の扉をくぐった瞬間、ハルト・マーズカータは圧倒された。


 広々としたホールには、迷宮探索を終えて報告する者、依頼を確認する者、装備の手入れをする者がひしめき合っている。天井の高い建物は石造りで堂々とした風格があり、壁にはランクごとの依頼書がずらりと貼り出されていた。受付のカウンターには美人のギルド職員が並び、忙しなく対応している。


 「へぇ……さすが大迷宮時代だな」    

 迷宮探索者と討伐者を管理するこのギルドは、かつての戦乱期に生まれ、今や王国の大きな支柱の一つとなっている。特に、近年は迷宮の価値が高まり、冒険者の数も急増したらしい。ハルトは周囲を見回しながら、改めてこの世界の現状を実感していた。


 「ほほっ、何をぼんやりしておるのじゃ?」    

 隣に立つ銀髪の少女――エルフの聖女シルヴェリカ・カルデアスが、得意げに笑う。長い耳がぴくりと動き、金の刺繍が施された白銀のローブが揺れた。

「予知の聖女様……」


「ハルトよ。若い者がそうかしこまるものではない。シルヴェリカでよいぞ。さぁ、まずは冒険者登録じゃな」


 彼女の言葉にハルトは頷き、受付へと向かった。


    ◆ ◆ ◆  


 「冒険者登録ですね、かしこまりました。お名前と身分証を――」


 ギルドの受付嬢が淡々と書類を取り出し、ハルトは素直に名前を記入する。魔法剣士の家系とはいえ、名誉職扱いになった今ではギルドに対して特に特権があるわけではない。一般の探索者と同じく、新規登録として扱われるだろう。


 「では、これより魔力適正検査を――」


 「待たれよ、わしの登録も一緒にするのじゃ」


 受付嬢が顔を上げると、目の前にはシルヴェリカの姿があった。


 「お、お客様もご登録ですか?」


 「うむ。我はシルヴェリカ・カルデアス。かつて予知の聖女と呼ばれた者じゃ」


 一瞬、ギルド内の空気が止まった。隣にいたハルトも、思わず肩を竦める。


 (この人、さらっとすごいこと言うよな……)


 受付嬢の手が震えながら、冒険者登録のための水晶球を取り出した。通常、魔力適正を測る水晶球は、触れた者の魔力量や適性を示す。しかし――


 「な、な、なんですかこれは……!?」


 水晶球が異常な輝きを放ち、周囲にいるギルド職員や冒険者たちが一斉に振り向く。


 「これは……S級(聖女)とAAA級(魔神討伐の高位精霊術士)の適正です!」


 ギルド内がざわめいた。AAA級は、実績と能力を認められた者のみが持つもの、さらにS級は特別な能力を持つ者にしか与えられない称号だ。


 「……まぁ、当然のことじゃな」


 シルヴェリカは涼しい顔で袖を翻す。ギルド職員たちは呆然としながらも、彼女の登録を進めるしかなかった。結局、彼女は『SとAAA級の特別枠』として登録されることになった。


 「お主も頑張るがよい、ハルトよ」


 「は、はい……」


 ハルトが自分の番になると、水晶球はあっさりとD級の評価を示した。これが経験不足の新人としての扱いである。


 「D級の探索者は単独行動が禁止されていますので、適当なメンバーと組んでいただきます」


 受付嬢の言葉に、ハルトは思わずため息をついた。


    ◆ ◆ ◆  


 「おいおい、D級で迷宮探索かよ?」


 「最近の新人は命知らずだな」


 登録を終えてギルドのホールを歩いていると、周囲の冒険者たちの会話が耳に入った。D級がいきなり迷宮に入るのは珍しくないが、経験のない者が単独で行動するのは無謀だと見られているらしい。


 「ま、まあ、誰か回復役を見つけておけばいいだろ」


 「む、よい案じゃな。戦闘不能になった時のためにも、回復術士は重要じゃ」


 そんな話をしていると、ひときわ明るい声が聞こえてきた。


 「こんにちはっ!」


 振り向くと、白い修道服のような衣装をまとった少女が立っていた。フワリとした金髪に、慈愛に満ちた笑みをたたえている。彼女は礼儀正しく一礼すると、朗らかに名乗った。


 「わたし、フロリア・メディシアといいます! 神聖魔術師として、回復のサポートができますよ!」


 明るく優しげな雰囲気に、ハルトは思わず好印象を抱いた。しかし、彼が口を開くより早く、周囲の冒険者たちが反応した。


 「……おい、やめとけ。あのフロリアだぞ?」


 「知らないのか? フロリアは『奇跡の回復術』の持ち主だぞ……」


 「え?」


 ハルトが首を傾げると、シルヴェリカも腕を組んで難しそうな顔をしていた。


 「むむ、何やら面白そうなことになりそうじゃな……」


 何が問題なのか分からぬまま、ハルトはフロリアに「よろしく頼む」と手を差し出した。すると、彼女は嬉しそうに頷いた。


 「ええ、よろしくお願いしますね!」





シルヴェリカ・カルデアス(星見のシルヴェリカ)


 100年前の魔神戦争を生き延びた伝説の聖女の一人であり、予知の聖女。エルフの長命さから外見は16~17歳ほどの美少女だが、古風で威厳ある言葉遣いと茶目っ気のある性格を併せ持つ幼さと老練さを併せ持つ女性。赤い瞳と銀髪、白銀を基調とした神秘的な装束が特徴。S級(予知の聖女)&AAA級(高位精霊術士)として冒険者ギルドに登録され、膨大な知識と精霊術を操るが、基本は観察者。ハルトに興味を持ち、旅に同行する。

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