どろり

一ノ瀬 夜月

あふれたものの、正体は———

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。家の食卓に兄さんとさんが並んで座っていて、向かい側に私と両親が居るの。指輪をはめているお互いの姿を見て、二人は幸せそうに笑うのよ。それに応えるように指輪が煌めいて、私は眩しさから逃れようと、両親の方へ視線を逸らしたの。すると、両親は安堵と喜びの入り混じった表情をしていたのね。自分の表情は分からなかったけれど、あの時私は、どんな顔で———


     "ピピピッ  ピピピッ"


「うぅん、何時......いけないっ!沙耶華さんとの約束に遅れちゃうよ。」


 大学の入学式に向けて、髪型や髪色を変えてイメチェンしたいのだけれど、美容に疎いから自分に合うヘアスタイルがよく分かっていないの。だから幼馴染で、美容師として働いている沙耶華さんにお任せすることにしたのね。そしたら閉店後に貸切で引き受けてくれることになって、昼寝してから向かおうとしていたのだけど、若干寝過ごしたね。とりあえず、時短メイクをして、着替えて、髪を整えて......必要な荷物も持って、準備出来たかな。


「沙耶華さんの美容室に行ってくるから、帰りは21時過ぎるかも〜。お母さん、行ってくるね。」


「分かったわ。沙耶華ちゃんにお礼を伝えるのよ。」


「もちろん、分かってるよ。」


***


さくちゃん、いらっしゃい。」


「沙耶華さん、わざわざ時間を割いて頂いて、ありがとうございます。よろしくお願いします。」


「かしこまらなくて平気だよ〜。お客様や従業員の皆さんは帰った後だから。あっ、前みたいにうちのことを沙耶ねぇって呼んでくれても良いよ!」


「なっ、小学生までしか呼んでないでしょ!私、もうすぐ大学生になるんですよ?子供扱いしないで下さい。もうっ」


「だって、小さい頃から知ってるうちに対して、知らない人みたいな対応をするから、可笑しくて、茶化したくなったの。ごめんね、大人気無いお姉さんで。」


「年の差3つなので、お姉さんって言うほど離れては......でも兄さんと同い年だから、お姉さんと呼べなくも無いですね。」


「将来的には、沙耶華姉さんって呼ぶことになるかもだから、楽しみにしててね!まずは、髪を洗っていくよ〜。気になるとこがあったら言ってね。」


         "シャー"


 さっきの発言は、沙耶華さんが兄さんと深い仲になりたいってことかな?うぅん、後で聞いてみよう。


***


「次はカットだね!結べる位の長さは残しておきたいかな?」


「はい、短くはしないで欲しいです。」


「オッケー。それじゃあ、レイヤーを入れるのと、前髪を分けて雰囲気を変えよっか。」


「お任せします。」


「まだ時間がかかるから、雑談しながらゆっくりしようね〜、手先は集中してるから、心配しなくて大丈夫だよ!」


「あのっ、質問があります。さっき、沙耶華姉さんって呼ぶことになるかもと言っていたのは、将来的に兄さんと......」


「うん。しょうの就活が終わったら、結婚を前提に交際して欲しいってうちから言うつもりだよ。」


「兄さんは断らないと思います。今まで沙耶華さん以外の女性を気にかけてるのを見たことがないですし。でも、気が弱くて奥手だから......」


「大丈夫。翔夜は繊細だけど、優しくて真っ直ぐな人だもん。うちがきっかけを作れば、応えてくれるはずだよ。」


「......ですよね。」


 あの夢が現実になる日は近いってことだね。薄々分かっていたよ。兄さんと沙耶華さんは、昔からお互いのことを想っていたものね。けれど、受け入れ難いと思っている自分もいるの。何故なら私は、沙耶華さんのことが好きだから。幼馴染に対する親愛では収まらない想いを抱いたまま、祝えるのかな?


***


「カットが終わった後は、カラーだね。綺麗に染まるかな?ブラウン系にするね〜」


「はい。」


 それからは、大学で楽しみにしていることや、沙耶華さんのお仕事の話を喋りながら過ごしたの。もちろん、沙耶華さんは私の話を聞きつつ作業をしていたから、仕上げのスタイリングまで終わったよ。


「良かった〜。カラーもちゃんと入ってるし、髪も軽やかで動きがある感じだね。前髪を分けるのも大人っぽさが増して、似合ってるよ!」


「ありがとうございます。イメチェン出来たので、大学生活も頑張れそうです。」


「うんうん、今度会った時に大学の話を聞かせてね!うちも早く翔夜とのことを話したいな〜。」


         「......」


 なるほど。今でも私は、幼馴染か、好きな人の妹としか見られていないわけだね。こっちは中学生の頃から沙耶華さんのことが頭から離れないのに!

 明るく元気な性格や、段々おしゃれになっていく姿も好き。でも何より、夢を実現するために努力を惜しまないところが魅力的。そんな貴女を想う気持ちは止められないよ。ごめんね、沙耶華さん。そして、兄さんも。


「えっ、咲夜ちゃ」


        "チュッ"


 私がしでかした、一夜の過ち。無かったことには出来ないと、かすかに残る感触が訴えてかけてくるの。



                  完

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