あいつの夢を10回見たら

ニル

あいつの夢を10回見たら

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 あと1回。つまり10回見たら、瑠衣るいは認めようと決めている。


 つまり、蓮矢れんやが好きってことを。


「るーいちゃん」

 後ろからつんと肩をつつかれて、瑠衣ははっとふり返った。もも色のランドセルを背負った花梨かりんが「おはよう」と耳の下の二つ結びを揺らして笑った。歩いているうちに、学校の正面玄関まで来ていたらしい。


「ぼーっとしてたね。夜更かし?」

「うん。ちょっとだけ」

 瑠衣もほほえみ返して、二人一緒に5年2組の教室に向かった。


 教室のクラスメイトはまだ半分くらいだ。もの静かな読書少女や朝の草むしりを終えた美化委員、他は登校の早さを競ってるサッカー部と野球部の男子たちが思い思いに過ごしている。数分でほとんどのクラスメイトがそろっていった。瑠衣はえんじ色のランドセルを自分のカバン棚に突っ込んで席に戻り、何をするでもなく教室の前のとびらをながめる。あいつは今日も遅刻かなと思いめぐらしていると、すぐに予想は裏切られた。


「おっ、蓮矢えれ〜!」

 お調子者の理音りおがからかうように声をかけると、前の扉から入った蓮矢は「うるせー」と、でもちょっとだけ得意そうに笑った。蓮矢の顔がこっちを向こうとしたので、慌てて反対側の窓の方へと目を背けた。心臓の音が、隣の席で本を読む綾音あやねにばれるんじゃないかと思った。


「おはよう、蓮矢くん」

 花梨の声がして、胸がばくんと高鳴って止まるかと思った。ちらっと横目で見ると、

「中原先生がね、先週から蓮矢くんの日記だけ出てないって」

「出してねーもん」

「うん、だから、えっと……」

 学級委員長で優等生の花梨は、ちょっと引くくらいまじめで、おせっかいでお人よしなところがある。蓮矢が先生にこっぴどく叱られるのが見ていられないのだろう。


「もし、もし日記持って来てたら、書いてほしいなあって」

「……書くことねーし」

「な、なんでも良いから書いてみよ。体育楽しかったとか、給食おいしかったとか」

「ンなんおぼえてねー」

「じゃ、じゃあ、あたしの日記見せるよ。思い出せるんじゃない?」

花梨はかいがいしく提案した。蓮矢が頬をすぼませてくちびるを尖らせる。そのやり取りに、どうしようもなくモヤモヤする瑠衣。

 花梨にヘラヘラしてんじゃねーよ!

 と、頭を叩きたくなるような間抜け顔から、また目を逸らした。

 

 夢は9回とも全く同じ。蓮矢と花梨が隣同士の席になって、楽しそうにおしゃべりをしている。瑠衣はそれを、3つ後ろの席からながめて、胸がかゆいような息がしづらいような、そんな感覚にいらいらしているのだ。

 ちょっと照れた蓮矢の横顔。向き合う花梨はほわんと花が咲いたみたいな笑顔で、机の下では恥ずかしそうに足をパタパタさせるのだ。そしてその光景は、どんどん現実になっていってる気がした。


 花梨、そんな笑顔を蓮矢に向けないでよ。蓮矢がもっとあんたのこと好きになっちゃうじゃん。それ以上、蓮矢と仲良くしないでよ。あそこにいるのが、どうしてあたしじゃないんだろう。


 瑠衣は自分のベッドに入って、いつまでも天井を見ていた。

 あと1回で10回目。あの夢を10回見たら、蓮矢が好きなんだと認めてやろう。あたしは蓮矢が好きなんだ。告白だってしてやろう。あいつは単純だし軽はずみだから、付き合いたいって言えばうっかり付き合ってくれるかもしれない。蓮矢を花梨なんかに渡したくない。だからあんな夢を見てしまうんだ。


 瑠衣は目を閉じた。眠くなって、意気込んでいた気持ちがふわふわほどけていく。

 あと1回。それであたしが蓮矢を好きだと認めれば。蓮矢を好きになって、蓮矢もあたしを好きになれば。


 花梨を蓮矢に取られなくて済む。

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