第4話 王子様と放課後どきどきタイム
午後の授業は特に何もなく、滞りなく終了した。
体育は男女別だし、選択科目はアイツとは教室が別だったからな。
担任の益体もない話を聞き流しているうちにショートホームルームも終わり、放課後になった。
アイツは取巻き達からの遊びの誘いを、棘が立たないようにうまいこと断っているようだ。
にこやかに挨拶を交わして帰っていくギャル女子2(黒)とギャル女子3(茶)。
アイツが放課後に女子達と遊びに行くことはめったにないのだが、不思議とそれで不興を買ったというのを聞いたことがない。
どれだけ社交力があるんだ。
本人にコツを訊いたことがあるが、曰く…
「適切に誉めそやして機嫌さえ取っておけば問題ないよ。あとは小粋なトークとウィットに富んだジョークかな」
と、冗談なのか本当なのかわからんことを言っていた。
あの手の女子の機嫌を取るってのがまず無理なんだが。
まぁ、それはさておきアイツが放課後暇なのかというとそんなことはまったくなく、その運動神経を見込まれ部活の誘い、助っ人の依頼は後を絶たない。
うちの学園はスポーツにも力を入れているのだ。本気で打ち込んでる人間にとっては面白くないだろうに。
しかし、アイツの悪い噂というのは聞いたことがないんだよな。
たまに周りのクラスメートにも様子を聞くのだが、全員が全員アイツのことを褒めるは持ち上げるわで、オレの心配は杞憂に終わる。
対人スキルまで完璧なのだ。
しかし、今日は部活の助っ人ではなさそうだな。
「じゃあ行ってくるよ。また後で」
クラスの連中と挨拶を交わしながら教室から出て行ったが、カバンは置いたままだ。
放課後の定番イベント恋する乙女の告白タイム。
ただし、相手は女子生徒だ。
女子が女子に申し込むのだから、まさにイベントだ。
王子様にとってはデイリーイベントだろうが、相手にとってはそうではないだろう。
きちんと話を聞くところがアイツらしい。
と、オレはオレで女子から呼び出されていたんだった。
王子様に続いてオレも屋上に向かう。
アイツに負けずオレだってモテるんだぜ…と、言いたいところだが、現実は厳しい。
青春の甘酸っぱい1ページになる屋上での告白劇などではなく、単なる荷物運びだ。
郵便屋さんの真似事である。
呼び出されたのは屋上ではあり、女子も待っていて、真っ赤な顔で手紙を渡されたが、オレ宛の物ではなく王子様宛のラブレターなのだ。
断るのも忍びないと思い、何度か引き受けていたらアイツ宛の窓口のようになってしまった。
なんだ?
オレはアイツのマネージャーか何かなのか?
どうにも周りからは、特に他のクラスの連中からは、そんな認識を持たれているようだ。
腹立たしい限りだが、今更やめられない。
一番最初に断っておけば、と悔やまれる。
ちなみに今日はこれで3通目。
面倒なのでアイツには言わなかったが朝に2通、今1通。
そしてこれから体育館裏、部室棟、三つ隣のクラス、別棟の2年教室と回って回収作業だ。
都合7通。
バイト代が欲しいくらいだ。
まあ、腐っていても何も進まない。
さっさと終わらせるか。
オレも告白イベントなんかでドキドキしてみたいもんだ。
逃げるように走り去っていく女子を見送り、オレは次の目的地である体育館裏へ向かった。
「やあ、ただいま」
回収作業を済ませて、課題を片付けていると王子様が帰ってきた。
課題もちょうど終わり、一息つく所だった。
狙っているのかな?
「今日は三人だったよ。いつもより少ないね」
聞いてもないのに人数を報告してくる。
たぶん、質問を返して欲しいんだろうがオレは何も聞かずに無視した。
普段なら世間話程度に聞くことはあるが、今日はなんとなく聞きたくなかった。
ふー、と大きく息を吐きながらオレの前に座る。
流石に気疲れしているようだ。
オレが課題のノートと教科書を片付けていると、王子様は机の隅に置いてあったオレの飲みかけのペットボトルを取り、ゴクゴク飲み始めた。
だから何でオレの飲みかけをわざわざ取っていくのか。
「おい」
「はー、美味しい水だね。ひと心地ついたよ」
いつもならだべってる生徒などいるのだが、今日はたまたまなのか教室に残っているのはオレ達だけだった。
夕方の光が目の前のコイツを赤く照らす。
ぺろりと唇を舐める仕草が艶かしい。
なんだ?
妙に居心地が悪いというか、王子様の顔を直視できない。
胸元に目を落とせば相変わらず大きな胸。
オレの視線に気づいたのか、いかにも暑いと言わんばかりに襟を緩めて、パダパタと仰ぎ出す。
ぐぬぬ、オレは緊張しているのか。
こんなのはいつものことだが、今日は回数が多く直接的だったせいか?
返されたペットボトルを受け取ると、無意識のうちに中身を飲み下す。
「ふふ、美味しいかい?」
途端に歓喜の声を上げて、オレを凝視する王子様。
…しまった!?
オレはなんでもない風を装ってペットボトルの蓋を閉め机の上に置いた。
内心を悟られるな!
平静に努めろ。
急激に顔が熱くなるが大丈夫、夕日が誤魔化してくれるはずだ。
「なんだ?」
「なんでもないよ。あぁ、なんでもないとも。
君が自分の水を飲む。
なんてことない日常の一コマだ。でもね、これはボクにとっては青天の霹靂だ。驚天動地の一大事だよ!
まったく、キミって奴はまったく!!
朝から今までボクを喜ばせることしかしないね!」
「まるで心当たりがねーよ!」
「ふふふ、まあいいよ。そういうことにしておこうじゃないか」
心当たりがないというのは本当で、なんでこの程度のことでそこまでテンションが上がるのか不思議なのだ。
いつも誰にでも笑顔を絶やさないヤツではあるんだが、なんというかホントに嬉しそうだ。
花がほころぶ笑顔という感じだ。
「それじゃあ帰路に着こうじゃないか。ちょうどいい、今夜はウチに来ないか?
あのランチのメニューではキミの健康が若干不安でね。今日は両親が不在なんだろう?
ウチの親は相変わらず家に帰ってくることが少ないからね、お互い一人の夕餉というのも味気ないじゃないか?
さぁ、行こう。すぐ、行こう」
なにがちょうどいいのか判らないが、コイツとは晩飯も一緒に食べることが多い。
広い家に一人きりのコイツを心配してか、オレの母親が毎度連れてこいとうるさいのだ。
まぁ、家も隣だし家族ぐるみの付き合いもあるし、コイツ自身も遠慮なく来るし、コイツの家ならデリバリーサービスでも、ウチの庶民丸出しのメシよりも美味い物を食えるだろうに。
一度聞いたことがあるのだが曰く、
「やはり、手料理の温かみというのは大事だよ。キミも噛み締めて味わうといい。
家族のことを思って作られた料理というのは外では味わえない貴重なモノだよ」
そうか? 冷蔵庫の余り物で作った料理でもか。
「それだって家計を助ける家族愛さ」
とのことだ。
まぁ、言わんとしていることは理解できる。
「たまにはいいか。
オマエの家は広すぎて相変わらず萎縮しちまうんだが」
「子供の頃はよく来たじゃないか。
最近すっかりご無沙汰なことには遺憾の意を表するよ」
泳げるほど広い風呂なんてあったら、子供は入り浸るだろうよ。
あとはまぁ、オレもコイツも思春期に入って行きにくくなったというのが、ホントのところだろう。
コイツは変わらずオレの家というかオレの部屋にはやってくるし、たまに泊まっていったりもする。
…当然、部屋は別だが?
オレの方は帰る準備はできている。コイツの身支度を待っていると、
「さて、さっきは急かしてしまったが帰る前にもらっておこうか?」
帰宅の用意をしながら、問いかけてきた。
「何を?」とは聞かない。
今朝から放課後までオレに渡されたコイツ宛のラブレターのことだ。
一応預かり物なので、紛失しないように一纏めにして机にしまってあるが…
「ほらよ」
オレは六通を王子様に手渡した。
一通はまだ机の中だ。
「ん? 一通足りないな。キミが貰ったのは七通のはずだが?」
…なんでオレの行動を把握してるの? 怖いんだが!?
「あぁ、それはオレ宛だ。中身を読んできちんと返事を出さないとな」
今朝からのコイツのちょっかいや昼休みのときのイラつき、王子様の上がりきったテンションなど。
ホントにちょっとした、小さな悪戯心であり、軽率な出来心であり、今日からかわれたことへの意趣返しであった。
しかし、このときオレは気づかなかった。
奈落への落とし穴でもあったのだ。
その後の人生を決定づける超重要選択肢であったのだ。
容姿端麗、品行方正、頭脳明晰、文武両道。
そんなものはコイツの一側面でしかない。
学園の王子様なんて言われているが、そんなモノは単なるガワだ。
オレはうかつにも、コイツの地雷を踏んでしまったのだ。
コイツの本性は…
「ほう?」
教室が一気に氷点下になったような気がした。
六通の手紙を受け取り立ち上がる王子様。カバンを肩にかけオレの方を向いた。
「それはそれは。
キミのようなヤツに恋文を送る気が触れた女子がこの学園にいるなんてね。
あぁ、相手は空気の読めない輩なんだろうが、返事は真摯にするべきだね。
なんならアドバイスしようじゃないか」
「お、おう…」
表情こそ笑顔だが、目が笑っていない。
女子相手にひどい言いぶりだが、そんなことにツッコむ余裕はない。「冗談だよ。オレがそんなにモテるわけねーだろ。やれやれ王子様が羨ましいぜ」なんて戯言を言うつもりだったのだが、完全にタイミングを逃した。
「さぁ、さっさと帰ろうじゃないか、ボクの家にね。
夕食は何にしようか?
それとも入浴を先にするかい?
当然今夜は泊まっていくだろう?
か弱い乙女であるボクを放って帰ったりしないだろうね?
最近は物騒だからね。キミはボクの最も身近な男としてボクを守る義務があると思わないかい?」
がっしりと腕を掴まれた。
大きくて柔らかな胸が当たる。
心臓はどきどきだ!
…王子様のプレッシャーで。
「ちょ、痛っ!」
「ふふ、なんだい? 急いで帰らないと日が暮れてしまうよ。
なんたって夜はこれからだからね。
さぁ、さぁ! さぁっ!」
「わかったから、わかったって! いっ、痛い!?」
「あぁ、忘れていたよ」
王子様はぐいっとオレの襟を掴んで、首元に顔を寄せる。すんっ、と鼻を鳴らした。
「ふん、五人か。
朝方回収したのが二通、放課後に五通。数は合っているか。
五人のうちの一人が件の輩って訳だね。
反吐が出る!
せっかくのキミの匂いが台無しだっ!」
剣呑というにしても、あまりにもデンジャラスな空気を纏う王子様と、子猫のように恐怖に慄くオレは帰宅の途に着いた。
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